第15話 おもむろに現れた氷魔法最強の使い手



「分かり易く区別すれば、肉体的、物体的、科学的、精神的、この四つが、僕の思う魔法へのアプローチ方法なんだ」


 はへぇ、と口には出さず軽く頷きながら、俺は堀田先輩の話を聞いていた。上の空かと問われれば、山の上ぐらいと答える程には聞いているが、正直今まで、魔法へのアプローチなんて考えたこともないし、考える必要も無いと思っていた。


「肉体的ってのはつまり、自分の体を使って魔法を求める儀式の様なモノだね。昔から宗教家の間で行われる自傷行為や苦行なんかもそれに入るかもしれない。自分の体を追い込んで、不思議な力、魔法の力を得ようとする。それが肉体的アプローチ」


 はへぇ、そうですか、と俺は理解した振りをする。そして色々と考えてて凄いな、と感心する。魔法初心者の俺には、まだ手の届かない境地だ。


「このメンバーで言えば、寿門君がそうかな」


 不意に名を出された寿門先輩の体が、微かに跳ねる。その顔には、分かり易い不安が浮かんでいた。がしかし、堀田は気付かない。気付よ堀田。もう許してやれよ。


「寿門君が良くやる、掃除用具入れに閉じこもったり、光を遮断した段ボール箱の中で身を丸めたりする行為も、それに近いかもしれない」


 ほらまた寿門先輩が顔を真っ赤っかにして俯いちゃったじゃないっ!! 一々例に出さなくてもいいじゃないっ!! さっきの自傷行為とか苦行の例えで伝わってるよ。余分だよ。気付よ堀田っ!! もういいだろっ!! いい加減にしろよっ!! 気の弱い闇の魔法使いもいるんだ。魔法少女のパンチラに目を背ける闇の魔法使いもいるんだ。言葉責めだけで泡吹いて卒倒しちゃう奴だってetc.


「なんか寿門君の話ばかりしちゃってるね。でも寿門君は本当に凄いんだ。漆黒に包まれると魔力が膨れ上がり、闇の獣を召還――」

「ぼぼ、僕の、話は、もういいでし、いいです、堀田さん」


 ああもう、抱きしめてあげたい。大丈夫だよって。俺は味方ですって。いつか闇の召還獣見せて下さいって。

 堀田よ、再び例えに寿門先輩をだそうもんなら、俺は闇の騎士と成り、寿門と共にお前を討つっ!!


「確かに僕が話すのは勿体ないね。気が回らなくてすまなかった。折角これから一緒に魔法を学ぶのだし、今度寿門君に直接見せて貰うと良いよ。本当に格好良いから」


 堀田よ、何故笑っていられる? ハハハじゃねぇぞ。もう寿門闇王の話は止めるんだ。第一配下の俺はそう唱え続けながら幻想の剣柄に手を掛けた。


「次は物体的アプローチだね」


 言葉責めが得意な勇者堀田は俺に恐れを為したのか、次の話へと移行した。俺は安堵の息を吐き出して、剣柄から手を離す。


「物体的とは、簡単に言えば魔法を体現する為の道具だね。所謂魔法道具。僕も持ってる」

 堀田先輩はそういって、不意に両手を胸の前で合わせた。そして素早く、右手の裾から三十センチ程の、綺麗に真っ直ぐと伸びる木の枝らしきモノを引き抜いた。


「これが僕の魔法道具。追憶の杖、と呼んでいる」


 微かな揺れもなく、どちらかと言えば自慢げに追憶の杖と呼ばれる木の枝を掲げる堀田先輩に、俺は僅かな気恥ずかしさを感じたが、必死に振り払う。ここは魔法学魔法学、魔法学なのだと。


「アリス君の流星の杖もそうだし、紫乃君のペンダントもそうだね。魔力を蓄え放出する媒体道具」


 俺はなんとなしに、並んで座るアリス先輩と紫乃先輩に目線を向けた。まずはアリス先輩と目が合う。


「私のはあっちの段ボールに入ってるの。また今度ね」

 高飛車なツインテールのお嬢様、アリス先輩は可愛げに肩を竦ませる。踏まれたいと思……俺は段ボールから飛び出ている白色の何かから目線を外して、ナチュラル茶髪のふんわりお姫様を見定めた。


 紫乃先輩は小首を傾げる可愛げな笑みを見せつけると同時に、おもむろ(物事の起こりがゆっくりとしてる様、逆に分かりづらい説明)に制服のボタンを外し始めた。


 ななな、何してるのっ? と俺の目線はすぐさまに宙を漂い、抑え切れぬ好奇心に再び紫乃先輩へと舞い戻る。やっぱり首筋のボタンを上から順に外している。ねぇそれ、見て良いの? 見て良いやつ? 見ちゃうよ? やったねっ!! と慌てふためきながらも見続けると誓った俺を余所に、三つ目のボタンを外し終えた紫乃先輩は、開かれた首筋を俺の方に向けた。


「これが私のペンダント。おばあちゃんの形見なの」


 紫乃先輩が開いた首筋。僅かに垣間見る胸の……銀色の細い鎖に繋がれた胸の微かなふく……緑色の小さな宝石。そうか、その大きなおっぱ……ペンダントはおばあちゃんの遺伝……形見なんですね。良く分かりました。ありがとうございます。ありがとうっございますっ!!


「ういっす」

 感情を必死に抑え込みそう呟いて、俺は首筋から覗く大きなおっぱいの微かな膨らみから目を逸らした。大丈夫、ここの人たちは皆天然なんだから、俺の本心に気付くはずがない。


 そう思っていたら、ある視線が俺に向けられている事に気付く。そうだった。まだ魔法学に染まってない生徒が一人、この教室にいたんだ。俺はおもむろ(物事の起こりがゆっくりとしてる様、逆に分かりづらい説明)に、その視線へと目を向けた。


 オカッパ女子真穂さんの目に浮かぶは冷徹な侮蔑。俺を蔑み、見下す、冷たい眼差し。身も心も、すぐさまに凍てついた。氷魔法最強の使い手。時すらも凍り付く。一秒に満たない永遠。あぁ、終わった。恥ずかしさすらも熱を持たず、極寒の猛吹雪となり体内を蝕む。寒い。寒い。あぁ、眠い。凄く眠たい。目を覚ましたらきっとお母さんが居て、暖かいココアを飲ませてくれる。そうだ、このまま眠ってしまおう。俺はゆっくりと、目を閉じた。


「じゃあ次は、科学的アプローチの話だね」


 堀田先輩の声と共に、体が微かな暖かさを取り戻す。目を開ければ、ココアを持ったお母さんこそ居なかったが、そこには日常が溢れていた。真穂さんは何事も無かったかのように堀田先輩へ目線を向けている。


 あぁ、良かった。あれは夢だったんだ。怖かったな。と俺が安堵を吐くと同時に、真穂さんの丸みある可愛げな目が再び俺に向いた。刹那、その丸みが冷徹な侮蔑へと変貌を遂げる。絶対零度の眼差しが、真っ直ぐと俺を貫いた。瞬く間に全身が凍り付く。バリンっと音を立てて、俺の体は薄氷の様に砕け散った。


 薄れゆく意識の中で思う。だって、おっぱいは見ちゃう、男の子だもん。



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