第24話 闇の魔法使いが、笑ったんだ


「じゃあこれで、僕のつまらない説明は本当に終わり」


「ありがとうございました。楽しかったです」

 未だ竹槍の様な言葉しか持たない俺は、それをエイヤエイヤと突き続けるしか先輩に気に入られる術を持たない。だが、石の上にも三年。塵も積もれば何とやら。ありがとうも重ねれば堀田先輩に良い後輩だと思われる。そんなことわざが思い浮かぶ。


「それで今日は、本当に自由にしてみようと思うんだ」

 

「そうですか、ありがとうございます」

 俺の言葉に、堀田先輩はこちらこそ、と笑ってくれた。よしよし、調子が良いぞ。


「でも真穂君とシュウヤ君は初めてだし、まだ何をすれば良いか分かんないよね」

 堀田先輩は交互に目を合わせる。


「そうですね、ありがとうございます」

 重ねる俺のありがとうに、堀田先輩は愛想の良すぎる「?」を浮かべた。そして再びこちらこそ、と笑ってくれる。うん、薄々気づいてた。もう止めよう。これ凄く迷惑だ。と俺は口を噤む事を決意する。


「だからこの前皆で話し合ったんだけど、今日僕らは、いつも通りに活動するから、気になった事があれば質問して欲しいんだ。もちろん、やりたいことが決まってるなら全然好きな様にしてもらって構わないんだけど、もし迷ってるなら、僕らは何でも何度でもどんな質問でも答えるから、声を掛けて欲しい。えぇと、どうかな?」


 堀田先輩は再び一年生コンビの顔を交互に眺める。ありがとう、という竹槍を失った俺はただ頷いた。


「迷惑じゃないですか?」

 と真穂さんはバズーカをぶっ放す。口を開けば気の利いた台詞を言い放ちやがって。いったいどんな教育をされてきたんだ、全く。と俺は荒れ狂う嫉妬により的外れの自覚を伴う悪態を付いた。


「迷惑な訳ないじゃないか」

 珍しく、堀田先輩の口調がこんにゃくの角ほどの自己主張を見せた。憤るところまで優しい。そしてすぐさまにひたすらの優しさを纏う。

「強い口調になってごめん。僕らは、魔法を信じてくれる新入生が来てくれて、本当に嬉しいんだ。だから、えぇと、迷惑だなんて考えないで欲しいな」


 はい、と真穂さんが少し身をすくめて、でも少し嬉しそうに頷いた。ほんと優しいよね堀田先輩、と今なら少しだけ、真穂さんと盛り上がる話が出来そうな気がした。


「よし、じゃあやろうか」


 堀田先輩の掛け声と共に、魔法学の本格的な授業が開始された。最初に席を立った紫乃先輩が口を開く。


「紫乃はベランダの菜園であの子達の世話をしてるから、訊きたいことがあったら声かけてね」

 植物達をあの子と呼ぶ絵に描いたような癒し系の魔法使いは、俺たち一年生コンビにそう告げて、ベランダに向かった。続けて堀田先輩が立ち上がり、教室前方の本棚に向かう。


 アリス先輩は机の引き出しからハードカバーの分厚い本を取りだして開き、寿門先輩は机の下からノートと筆記用具を取り出した。


 さて、どうしたもんか、と目線を泳がせる俺を余所に、真穂さんはすでにアリス先輩へと声を掛けている。またしても嫉妬に気が狂いそうになったが、見習わなければなるまい。そして俺は対面に座る寿門先輩に声を掛けた。


「寿門先輩はいつも何を――」

 えっ、という具合に目を見開いた寿門先輩の顔は、凄く狼狽えていた。謝りそうになった。

「いや、すみません」

 謝ってしまった。


「ううんううん、ご、ごめん。ぼ、僕で良いのかなって、おも、思って」

 顔の前で右手を小刻みに高速で振る闇の魔法使い。表情に浮かぶはヒキツった不安げな笑み。その様相は誰しもが罪悪感にさいなまれるであろう罠に掛かった子鹿を思わせる。そんな闇の魔法使いが、頬を赤く染めて慌てていた。


 悪いことしちゃったな、と身を引こうとした瞬間、寿門先輩が机に置いた大学ノートを広げて、俺に差し向けた。


「ぼ、僕はね、こんな感じで、使ってみたい、や、闇の魔法とかを絵に書いたり、闇の道具を作ったりして、魔法を研究してるんだ」  


 ついに耳まで真っ赤に染めた儚げな闇の魔法使いから目線を外して、目の前で開かれたノートを見る。

上手うまっ」

 と思わず唸ってしまった。そのノートには、黒い竜巻を纏う漆黒のフードを被った闇の魔法使いが、繊細に事細かに描かれていた。上手すぎる。あの人の描いた絵みたいだ。オレンジ頭の学生が死に神代行になるやつ。名前ど忘れしちゃったな。

「マジ上手いっすね、絵」

 続けて同じ言葉を重ねてしまうほど上手かった。


「ううん、ぜ、全然」

 寿門先輩はそういって、真っ赤な顔に浮かんだ微かな笑みに、またしても右手を被せる。その右手が少し震えていた。その儚げな姿に悪いなと思いながらも、そして後輩ながらも、強く抱きしめたくなったが、奥歯を食いしばり耐える。


「これで魔法の研究って、どういう研究してるんですか?」

 この人と仲良くなりたいな。ただそれだけ思った。


「うん、えっと、この、黒い竜巻みたいなのが、や、闇の魔法なんだけど」

 そういってノートに指を置いた寿門先輩は、おそらく自分の指が震えているのに気づいたのだろう、すぐさまに引っ込めた。だから俺が指を添える。黒の竜巻に。


「これですよね?」

「そそそ、そうそう」


 寿門先輩はあからさまな焦りの加速を見せたが、俺は気づかない振りを出来るだけ全力で演じた。すみません、俺の所為で。ああもう、殴られても全然良いのに。我が輩口調で話してくれても良いのに。仲良くなれるならなんだって。もうっ。


「ぼぼ、僕の研究はね、こ、こうやって、まずは絵を描いて、そそ、それから、どうやったらこの、魔法が使えるようになるかって、設定っていうか、ま、魔力の流れというか、そういうのを考えていくんだ」 


「これはどうやって使うんですか?」

 俺は指を黒の竜巻に置いたまま訊いた。


「つ、つまらなく、ない?」

 本当に不安そうに、寿門先輩が上目遣いで聞き返す。


 つまんない訳ないじゃないっすかっ!! と声を上げそうになった。堀田先輩の憤りを不意に理解する。どうしてここの先輩達はなんかこうなんて言えばいいか分からないけどなんていうかこうもう本当に、もうっ!!


「えっと、凄くワクワクしてます。聞かせて欲しいぐらいです」

 俺は気の利いた台詞も言えず、自己嫌悪に陥る。もうっ。


「あ、ありがとう。じゃ、じゃあ、簡単にだけど」

 と微かに笑みを浮かべた寿門先輩は、震えていない指を黒い竜巻に置いた。ただそれだけで、少しでも打ち解けられた様な気がして嬉しかった。


「こ、これは、闇夜に纏う暴虐の風、っていう魔法なんだ。夜限定でしか使えないんだけど」

「すげぇ格好良い技名っすね」


 本当に僅かに声のトーンが上がった寿門先輩に、俺もテンションが上がる。純粋に格好良いと思ったってのもあった。


「わ、技名考えるのが、すす、凄く悩んじゃうんだけど、これは、結構お気に入り」

「夜限定ってのが良いっすね」

 俺の言葉に、寿門先輩が顔を微かに上げて笑った。もうその笑みに右手は被さらなかった。すげぇ嬉しかった。優しげで儚げで、恥ずかしげな笑み。俺が女子だったなら、母性本能が爆発を起こしていたかもしれない。


「新月の夜だと、凄く威力が増すんだ」

「さすがは闇魔法」

「そ、それで、僕は、そういうの色々と考えて、どうやったら、この魔法を使えるように、な、なるかなって、研究していくんだ」

「この魔法はどうやって使えるようになるんですか?」

「ま、まだ、使えたことは無いから、仮なんだけど、例えば、この魔法は、水晶が真っ黒になるまで、闇の力を吸わせて、その水晶を媒体として放てる様に、な、なる、魔法なんだ。だ、だから、今、その水晶を光の当たらない場所に、置いてる」

「はっはぁ」

 と俺は唸ってしまった。なんか、黒い水晶さえ手に入れれば、本当にその魔法を使えそうな気がした。そして、寿門先輩との会話が、凄く楽しかった。


 たぶんこの気持ちは、子供ながらにライターをポッケに忍ばせて歩く浮遊感に似ている。学校の校庭で追い風に走る疾走感に似ている。台風の日に雷を肉眼で捉えた高揚感に似ている。あのとき俺は、魔法を信じていた。そして今、その気持ちが蘇った様な気がした。目の前に、魔法を信じる人がいる。魔法を真剣に考えている人がいる。今もずっと、願い続けている人がいる。それを、目の当たりにした。


 本当に、すげぇ格好良いと思った。寿門先輩の事。魔法を本気で考えて良いんだって、教えてもらった様な気がした。ああ、俺も、闇夜に纏う暴虐の風、使えるようになりてぇっ!!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る