第3話 海の豚と金髪豚野郎
昼からの賑わいを待つ商店街を抜けて、片側一車線の道路に出た。狭い歩道が備わる。道筋を囲むのは、閑静では無い、高級では無い、それなりの住宅街。町なじみっぽいスーパーや、懐かしさしか漂わない駄菓子屋や、中規模の公園なんかもあった。俺は結構な車通りを誇る一車線の道路に、小さい子供なんかには危なそうだと、なんと無しに思った。
その狭い歩道を歩きながら、さらに増えた海豚高校へ向かう人並みを眺めて、俺は微かな安堵を抱く。正直この金髪はどうなんだと心配していたが、おそらく先輩だろうと思われる生徒の中に、数こそは三人だったが、赤と緑と銀の髪色がいたからだ。
それでも金髪は目立つし、当たり前の様に、すでに好奇の目線を感じていた訳だが、それでも、その奇特な髪色をした先輩らしき方々のおかげで、海豚高校の校風は思っていたより自由なのだと、俺は安堵した。
しばらく歩いていると、住宅街の終わりにコンクリート塀が現れた。塀の向こう側にはそこそこの木々が生い茂る。私立海豚高校の敷地。道筋に目線を戻すと、校門が視界に入った。
煉瓦造りの門柱には、校名が刻まれた石碑が張られている。私立海豚高等学校。しかしウミブタってっ!! 文字で見れば、突っ込まずにはいられない。口には出さないけど、多分皆一度は突っ込んでいるだろう。頭に何を付けようとも、それこそ光、闇、絶世の、全米が泣いた、年間売り上げランキング第一位、どんなに煌びやかな言葉を添えようと、豚が台無しにする。もし俺に豚を付けるとするならば、おそらく金髪豚野郎。ヒステリックな中年女が叫びそうな言葉だ。
「新入生の皆さんはっ、こちらでクラスを確認してっ、体育館に行って下さいっ」
校門の内側で、青色の首巻き(ネクタイやリボン)を付けた、おそらく生徒会役員らしき行儀正しげな男女二人が、これが生き甲斐とでも言いたげに声を張り上げている。その
「やった、同じクラスだねっ」
「マジで……俺一人じゃん」
「最悪、あいつ居るんだけど」
「よっしゃ、めっちゃ同じクラス」
悲喜こもごもの声が耳に届く。俺は…………一年四組、と。知ってる奴は誰もいない。自我枯渇の境地。共に並ぶたくさんの文字に、感情の何一つ芽生えなかった。俺はすぐさまに赤色の人集りを抜き出て、流れ歩く人並みと行き先を示す看板を頼りに、体育館へと向かった。
道筋に並ぶ木々のアーチを歩きながら、木漏れ日を揺らす青葉の向こうに建つ学び屋を眺めた。割と洒落た、四階建ての巨大な建築物。ガラス張りの広い玄関口が備わる。その床は清掃の行き届いた茶色のタイルが張り巡らされていた。そして私立だからだろうか、偉い人が綺麗好きなのか、中学の時の校舎と違い、白色の壁がちゃんとした白色を保ち、晴天の蒼を反射していた。
確かこの裏に、他の校舎が建ち並び、その奥に、緑に囲まれた広い運動場がある、と俺は受験の時の見た朧気な情景を意味も無く思い出しながら、目線を前に戻した。
校舎と同じように白色を保つ、ドーム型の屋根が特徴的な体育館。その外観が、結構な敷地面積を見せつける。俺は共に歩いてきた人並みと共に、その中に入った。
広々とした館内は、整然と並べられたパイプ椅子と人で溢れていた。様々な声質、声色が飛び交い、清々しさと瑞々しさを伴わせた騒々を奏でている。正面には無駄に広い舞台があり、その中央には、マイク付きの演台が置かれていた。
その人混みから頭一つ抜け出して、いくつかの看板が掲げられている。どうやら新入生のクラス標識。俺は真っ直ぐと、一年四組と書かれた看板に向かった。
きっちりとしたレディーススーツを着こなす、みっちりとした短いポニーテールの女性が、看板の前で立っていた。切れ長な眼と細身の体つきが、気の強そうな印象を見せつける。
その容姿は、すでに美人女教師の肩書きを、色欲の権化である男子生徒から与えられているだろう。まぁ、俺は女教師モノに興味は無いから、思春期特有の性衝動を刺激されることもなく、無愛想を意識して、声を掛けた。
「あの、一年四組、戸崎シュウヤです」
「あっよろしくね、シュウヤ君」
切れ長な目が小さな口元と共に笑みを造り上げる。フゥンっ、と俺はバレないように鼻息を吹き出して、胸の高鳴りを押さえつけた。女教師の目が、金髪を捉える。
「金髪、格好良いね」
細い指が、俺の金髪に触れた。こいつ、なんてエロいんだっ!! 俺の心臓は突如爆発した。
「や、止めろよ」
精一杯に平静を装って、俺は頭を振った。気を付けろよ、俺はグレてるんだからな。口に出さず、心で唱える。強がりじゃ無い、強がりじゃ無い。
「ああ、ごめんごめん。えっと、シュウヤ君は十一番ね。はい、一応胸の辺りにこの名札付けてね」
エロ美人女教師は足下に置いていた箱から、小さな名札を取り上げ、差し出した。俺はそれを素早く受け取って、校名と名前が縫い付けられたブレザーの胸ポケット辺りに留める。
「じゃあ、男子生徒は右側だから、前から十一番目の椅子に座って」
「うん」
俺は女教師に促されるまま、不意に訪れた性衝動をどうにか押さえつけて、耳が赤くありませんように、耳が赤くありませんように、と願い続けながら、前から十一番目の席に座った。
そこから、若干記憶が飛ぶ。入学式が始まると、舞台の演台で、誰かが何かを話し始めた。入れ替わり立ち替わり、それが繰り返される。まるで無だ。目を瞑れば、宇宙の真理すら悟れそうな程、無の境地。
そこから何があったのかは、やはり忘れてしまったが、気づけば大量の教科書を詰め込んだ手提げ袋片手に、教室に到着していた。
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