第2話 イケメンと控えめなツインテール


  

 小さな駅の狭いホームには、同じ制服を着た生徒が何人か居た。赤いネクタイと赤いリボンは、俺と同じ新入生だろう。他にも、黒と青がある。別に興味は無い。互いに挨拶をすることも、目も合わせる事もなく、全員が同じ電車に乗った。


 車両内は、座ろうと思えば座れる程度の混み具合。県庁所在地に近かった中学時代と比べれば、大分空いている。誰もがスマホに目線を向けていた。だから当たり前に、俺もゲームアプリを起動する。十分ぐらい遊んだ所で、目的の駅に着いた。


 ぞろぞろと、深緑のブレザーが降りる。髪色はほぼ黒に、いても茶色。少しだけ金髪が恥ずかしくなったが、中学で鍛えられた忍耐力と、育まれた陰険さが、俺を支えてくれた。別に構わん。俺は一人でも大丈夫。


 改札を出ると、店が開けばそこそこの賑わいを見せる商店街がある。ファーストフード店が並び、大手のカラオケ店やアミューズメント施設がある。ありきたりな学生街。受験の時に訪れた印象と、何一つ変わらなかった。


 その通りを歩く、同じ制服の着ている列に加わる。友達同士で元気にはしゃぐ一団があったり、赤いリボンで可愛い女子も見かけた。すでにスカートが短すぎる女子も居れば、おそらく規定に沿った長さの女子もいる。思春期の例に漏れず、あぁ、彼女欲しいな、とか思った。


 他にも、自転車で登校する生徒がちらほら、人の波を抜けていく。自転車通学も良いな、なんて思ってもいない事を考えながら歩いていたら、商店街の中で無意味に生えた用途不明のオレンジポールに自転車が引っかかり、運転手の女子が、俺の目の前で、転んだ。


 瞬きに、光沢の有る黄色のパンツが見えた。マジかっ、と俺の目はすぐさまに泳ぐ。派手に転んだ訳じゃ無い。怪我する程の衝撃には見えない。声を掛けるのか? パンツ見たってバレる。というか、もう位置的にバレてる。それよりも、なぜ俺の前で? どうする。赤いリボンだ。ポニーテール。耳が真っ赤になっている横顔は可愛げだ。そういう事じゃ無い。無視はさすがに出来るわけ無い。だって目の前だ。大丈夫ですか? うん、それだけ口にしよう。


「大丈夫かい?」

 

 意を決した俺の横から、澄み切った低音と共に細長い腕が伸びる。その手は膝を付く女子生徒の腕を優しく包み込み、立ち上がらせた。悔しさと気恥ずかしさと憧れを共生させて、俺はその気取った低音の主に目線を向けた。


 うわっ、イケメンっ!! 悔しさが膨れ上がる。黒のネクタイを締める、そこそこ高い俺と並ぶ程の背丈。サラッサラな黒髪。大きなお目め。白いお肌。何に反射したのか分からない煌めく歯。悔しさが倍増する。


「気を付けてね。ここの通りは新入生を虐めるポールがいくつか埋められてるんだ」


 続けて繰り出される軽いユーモア。悔しさが全て、羨望せんぼうに反転する。そしてイケメンは、細長い腕で自転車を立ち上げた。

 

「すすす、すみませんでした」


 赤いリボンの女子生徒は、転んだ時よりも耳と頬を真っ赤に染めて、すぐさまに自転車に跨がり、その場を離れていった。おそらく、小さな恋をして。俺のモノだったはずの。いや、無理だったかもしれないけど。


「君も新入生かい?」

 優しげなイケメンの声が、俺に降り注いだ。なぜだか、俺まで顔が火照る。なんで? やだ。嘘。


「あぁ、はい」

 俺は必死に、なぜだか湧いた気恥ずかしさを包み隠して、無愛想に答える。


「ようこそ、海豚高校へ」

 白い歯が、まるで自ら輝きを放っている様に、煌めいた。眩しっ!! そしてイケメンは一番星みたいな笑みだけを残して、その場を離れていく。その後ろ姿に、忘れかけた悔しさが沸き上がり、嫉妬へと変わった。返せ、俺の恋。


 居たたまれなさに、俺も歩き出した。なんですぐに声掛けなかったかなぁ、とか、あっ、俺パンツ見ただけの変態じゃん、とか、っていうか、もうあの女の子絶対俺の事視界に入って無かったな、とか考えてたのが悪かったのか、何かが俺の体に当たった。目の前で、黒縁眼鏡の、控えめなツインテールが似合わな過ぎる背の低い女子生徒が、文庫本を落とした。


「ごめ……すいません」

 黒のリボン、先輩だ。元体育会系が出る。そういうのはすぐに分かる。目の運びが文系とは異なるのだ。


 黒縁眼鏡の女は、素早く文庫本を拾い上げ、こっちに一瞥すら向けずに、スタスタと歩き去っていった。おいっ、その控えめなツインテールを引っ張り廻してやろーかっ!! なんだあの女は。不愉快だ。非常に不愉快だ。あぁ、イケメンに慰められた……違う違う。


 あらぬ自発的同性愛疑惑に冷静さを取り戻した俺は、再び私立海豚高校に向かって、歩き始めた。


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