第38話 流れ星に乗った魔法使い



「そ、それで、私、ほ、ほら、今みたいに、昔から、お話とか下手で、暗い性格だから、友達が居なかったの。だから、たまに寂しくてどうしようも無いときに、夜空を眺めてね、流れ星を見つけたら、祈ってたの。魔法使いさん、私のところにも来て下さいって」


 アリス先輩は話しながら呼吸を整えた様で、俺は胸をなで下ろす。そして徐々に赤みの引いていくアリス先輩の顔に再び見とれそうになったが、目を瞬きさせて振り払った。


「それでもやっぱり友達が出来なくて、小学四年生ぐらいの時に、もう学校に行きたくないって思った時があったの。本当に寂しくて、夜に起きて泣いちゃって、また空を眺めてた。そしたらね、信じられないくらいたくさんの流れ星が、いくつもいくつも夜空を流れていくの。私は最後のチャンスだって思って、たくさん願い事したの。友達を下さい、友達を下さいって。魔法使いさん、お願いしますって」


 落ち着きを取り戻し、いつもの無邪気さと共にほんのりと寂しげな過去を懐かしむように話すアリス先輩の表情は、なぜだか幼さを帯びていく。その光景は信じられほど繊細で、純粋で、やっぱり、綺麗だった。


「そしたら次の日にね、転校生が来たの。びっくりするぐらい可愛い女の子で、びっくりするぐらい明るくて、誰よりも元気で、誰とでも手を繋いで、繋げてくれて、どんなに曇りの日でも、雨の日でも、ただ居るだけで教室が明るくなるような女の子だった。その子は当たり前みたいに、私とも友達になってくれたの」


 少しだけ潤いを持ち始めたアリス先輩の目に、やっぱり俺は魅入ってしまう。ユラユラと上下に振れるその目線は、まるで儚げな夢を信じ続ける少女の様だった。


「だけどその子はね、三ヶ月ぐらいでまた転校する事になっちゃったの。その時に、お別れの日に、ずっと思ってた事を聞いてみたの。恥ずかしかったけど、勇気を出して聞いたの。あなたは、流れ星に乗って私に会いに来てくれた、魔法使いさんですか? って」


 恥ずかしそうに笑うアリス先輩に、俺は堀田先輩の笑みを重ねていた。この人達は本当に真っ直ぐで、信じられないほど繊細で、そして、脆いんだ。ああ、いつか魔法が叶って欲しい。心からそう思った。油断すると、泣きそうにさえなっていた。


「そしたらその子はね、私の目をじっと見つめて、そうだよって言ったの。私は流れ星に乗って、アリスに会いに来たんだって。はっきりとそういったの。凄く驚いて、凄く嬉しかった。やっぱりそうなんだって。そして私はね、また聞いたの。どうしても聞きたい事だった。凄く恥ずかしかったけど、聞いたの。私も、あなたみたいな魔法使いになれる? って」


 なれますよ、と俺が口にしてしまいそうだった。でも、その必要が無いことは、なんとなく気づいていた。


「そしたらその子がね、なれるよ、って言ってくれたの。アリスは私より凄い魔法使いになれるって、そう言ってくれた。お別れしちゃって、それからその子に会う事は出来なかったんだけど、今でも忘れられない、とっても大切な思い出かな。あれからずっと、私は魔法を信じてる」


 アリス先輩はそういって、いつもの、キラキラとした可愛げな笑みを浮かべた。無邪気で、気丈で、儚げな、いつもの笑み。ああ、やっぱり綺麗だ、と俺は改めて思った。


「なんだか勢いで話しちゃったけど、私が魔法使いになりたいと思ったきっかけはね、その子の言葉だな、うん。ちなみにね、この二つ結びの髪型も、しゃべり方も、その子の真似をしてるんだよ。真似してるだけで、全然近づけてないんだけどね」


「なれてますよ。アリス先輩は、光の魔法使いになれてます」

 少し照れた様に微笑むアリス先輩に、正直な気持ちを伝えた。俺にとっては、なんて言葉は、少し恥ずかしくて、口に出せなかったけど。


「もうシュウヤ君。また恥ずかしくなっちゃうから止めてっ」


 アリス先輩は少しだけ顔を赤くしたけど、もうアワワとは言わなかった。うん、やっぱりアリス先輩は、すでに光の魔法使いだ。だって俺は、本当に元気を貰った。話を聞いているだけで、凄く胸が熱くなった。それが光の魔法じゃなくて、何が光の魔法なんだと思った。

「凄く良い話でした。ありがとうございます」


「うん、こちらこそ、聞いてくれてありがとう。私も頑張るから、シュウヤ君もいつか、ビュンビュン空を飛べるように頑張るんだよっ」 


「頑張りますっ!!」

 決意を込めた返事をして、自分が空を飛ぶ姿を思い描く。そしてふと、アリス先輩の言葉を思い返した。

「アリス先輩みたいに、形から入るってのも良いですね。僕で言えば、単純ですけどスーパーマンとか」


「そう、形から入るのも大事だと思うの」

 アリス先輩は力強く頷いて、言葉を続ける。

「今度シュウヤ君の衣装も作って上げるね。私ね、勝手なイメージなんだけど、皆に似合いそうな衣装を作るのが好きなの。もし良かったら楽しみにしといてっ」


「めっちゃ楽しみにしてますっ」

 つまりコスプレ的なヤツかな、と思いながらも嬉しくなり、改めて空を飛ぶ自分を頭の中で思い描いた。しかし想像力の欠如が甚だしいのか、青いタイツに身を包み空を飛びながら豪快に笑うバカが浮かび上がる。あまりのマヌケさに考えるのを止めた。アリス先輩の勝手なイメージに任せた方が良さそうだ。

 

「うん、楽しみにしてくれると張り切っちゃうよ」


 そういってくれたアリス先輩に俺が礼を言い、アリス先輩が礼を返してくれて、それに俺が、なんて互いに礼を言い合う時間が終わり(最後はちゃんと俺で終われたのは良かった)、アリス先輩が机の上に広げた本に目線を落としたのをきっかけに、俺は壁掛け時計に目を向けた。


 あっという間の様に感じていたアリス先輩との交流は、授業時間の半分を費やしていた。それだけ濃厚な時間を過ごしていたんだと気づく。そして俺は壁掛け時計から目線を外して、さて、と腕を組んだ。


 先輩達から、話は聞けた。ここからは、自分の魔法について、空を飛ぶ事について、考える。当たり前に、本気で。全力で。信じ切って。先輩達の様に。なんだかそう思うだけで、単純に、ワクワクしている俺がいた。

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