第25話 優しき堀田の起源に迫る


 勝手にノートを開きながら質問を繰り返す俺に、寿門先輩は嫌がる素振りを欠片ほども見せず、丁寧に説明を続けてくれた。 


 曇天どんてんに降りしきる死紫雨ししざめ。曇りの日限定の闇魔法。自身の血を染み込ませた血木けつもくを焼き、灰色の空へ魔力を練り込んだ煙を送り込む事で発生させる事が出来る。

 一度転んで膝を擦りむいた時にやってみたけど、血の量が少なかったんだと思う、と寿門先輩。成功したらいったい何人死んでたんだ、と心の中で突っ込む俺。ノートにはたき火をしながら曇り空を見上げる切なげな闇の魔法使いが描かれていた。


 晴天せいてんを裂く闇族の憤怒ふんど。自身の命と引き替えに、限られた時間の中で絶大な力を得られる闇魔法。

 基本いつでも出来ると思うけど、使えちゃうと死んじゃうからやって無い、と寿門先輩。そりゃあそうだ、と俺。ノートには漆黒のフードを外し、天を睨みつけ猛々しく叫ぶ傷だらけの魔法使いが描かれていた。


 漆黒しっこく蔓延はびこ深淵しんえん。闇すらも飲み込む、音も光も拒絶する物質を自らの体内より放ち、漆黒の空間を生み出せる闇魔法。

 暗闇に身を包んで闇の魔力を高めて何度も挑戦しているけど、今もまだ挑戦継続中、と微笑む寿門先輩。絶対いつか成功しますよ、と俺。ノートには暗闇の中で卑しく笑う闇の魔法使いが描かれていた。


 月光を拒絶する闇竜ダークドラゴン。闇の中で出会い、闇の中で共に育ち、光を駆逐する願望を共に叶えようと種族を越えた友情を結んだ闇竜ダークドラゴン。その証に爪を送られている。

 普段は姿を見せないけど、僕がピンチになった時は助けに来てくれるはず、と誇らしげな寿門先輩。実物見てみたい、と俺。見開きの二ページを使ったノートには、穏やかに寄り添う闇の魔法使いと闇竜ダークドラゴンが描かれていた。目を疑うほど格好良く。


 まだまだそのノートには色々と描かれていたが、寿門先輩の時間を奪いすぎていると思った俺は、お得意のありがとうございますを言い放ち、ノートから目線を外した。教室の壁掛け時計を見れば、授業時間の半分を過ぎている。ああ、楽しかった。


「俺もそういうの欲しいっすね。格好良い名前の付いた魔法」


「シュ、シュウヤ君は、空を飛びたいって言ってたけど、それなら、か、風の魔法とか、そういうの操れるようになると、良いのかもしれない」


「風の魔法って超良いですね。俺も寿門先輩のやり方真似しても良いですか? 絵はそんなに上手く無いですけど、分かり易くて楽しそうっす」


「ぼ、僕も、そんなに上手くないよ」


 褒めると困った様に微笑む寿門先輩の顔が可愛すぎて褒め続けたい衝動に駆られたが、どうにか抑えつける。


「も、もし良かったら、シュウヤ君が考えた風の魔法を、ぼ、僕が、シュウヤ君をモデルに、絵を描いても」


「良いんすかっ?」

 マジ嬉しいんすけどっ。


「シュウヤ君さえ、良かったら、だけど」


「やったっ!!」

 やったっ!!

「ありがとうございます」

 これしか言えないのかと少し悲しくなったが、言わないよりは絶対に良いと思い口にする。そして最後にと、俺は続けた。

「なんか本当に質問ばかりですみませんでした。凄く楽しかったです」

 

「僕も、凄く楽しかった」


 下唇を噛んで笑う寿門先輩に恋心的な何かが芽生えそうになったが、俺は女好きだと言い聞かせた。そしてありがとうございますともう一度口に出して、どうぞどうぞもう僕に構わなくて良いですと寿門先輩を促し、今度は隣に座る堀田先輩に声を掛けようと目線を移した。


 さすがは堀田先輩。俺が口を開く前に、どうぞ遠慮なく、という表情で目を合わせてくれた。その手元にはなにやら難しげな本と、机の上には難しげな事が書かれてそうなノートや筆記用具が、追憶の杖と共に並んでいる。


「良いですか?」

 と甘えて訊いてみた。


「もちろん、遠慮なく」 

 上司にしたい先輩ランキング第一位(なんか同じ意味が並んでる様な気もするけど偽り無く第一位)みたいな笑みを浮かべて堀田先輩は難しげな本を閉じた。


「あ、あの、堀田先輩は、何で魔法を使いたい、というか、今も信じきれるんですか?」

 なんだその質問、と我ながら呆れる。あまりにも難しげな本にひる咄嗟とっさに質問を変えた結果、バカみたいな事を訊いてしまったんじゃないかと心配になった。


「シュウヤ君は、凄く懐かしくて嬉しい質問をしてくれるね」

 俺の心を見透かして選んだかの様な言葉を、堀田先輩は口にする。そして父親にしたい先輩ランキング第一位みたいな笑みを浮かべた。   

「僕も昔先生に同じ質問をしたんだ。自分がその質問を受ける側になれたなんて、なんだか凄く感慨深いよ」


「ほんとですか? 失礼な質問しちゃったんじゃないかって思ったんですけど」


「今この教室に、失礼な質問なんて存在しないさ。僕は嬉しかったし、全然気にしないで良いから。思った事を真っ直ぐに聞いて欲しい。それにしてもまた僕はベラベラと……なぜ魔法を信じているかって質問だよね。そうだな、出来るだけ手短に話そうか」


 堀田先輩は昔を懐かしむように目線を上げて、ゆっくりと俺の方に向き直る。そして口を開いた。


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