第49話 熟練の狩人
黄緑の小綺麗な外装に覆われた三階建てマンションの一階部分に、赤く縁取られたガラスドアがある。そのドアの上部には「中華飯店」と黄色主体の看板が掲げられていた。俺は深呼吸をして、そのラーメン屋に足を踏み入れる。もうすでに何回も経験(悲しい事に)しているが、この瞬間はいつも緊張してしまう。
「いらっしゃいませっ」
まずは落ち着いた女性のかけ声が俺を出迎えてくれた。電話したときに対応してくれた女性だと何となく思い出す。
その声に目を向けると、赤いハンカチを頭に巻いた、赤色のエプロンを羽織る綺麗な女性(三十代後半?)が、店内に並ぶ机の上に何かを補充していた。そしてもう一人、青いハンカチを頭に巻いた、青色のエプロンを羽織る女性(初老)が作業に励んでいる。
「お好きな席へどうぞ」
赤色のエプロンを羽織る女性が、入り口で立ち惚ける俺に優しげな微笑みを投げかける。
「あ、あの、アルバイトの面接できました」
出来るだけハキハキと、相手の目を見て愛想良く、笑みを浮かべられたかは難しいところだが、俺は答える。
「ああっ、はいはい、ちょっと待っててね」
赤色のエプロンを羽織る女性は、可愛らしげに目を見開いた後、小さな暖簾で仕切られた調理場らしき場所へ姿を消した。
レジ台が設置された店の入り口付近で取り残された俺は、なんと無しに店内を見渡す。壁際に四つの座敷があり、ホールには五つの机が並んでいる。小さな暖簾が掲げられた調理場側にカウンター席がいくつか設けられ、その横に料理の受け渡し口と調理場への出入り口が備わっていた。店内には幼い子供を連れた二家族と、作業着姿の数人が食事を楽しんでいる。
「じゃあ、こちらへどうぞ」
調理場の出入り口から、赤色のハンカチを頭に巻いた綺麗な女性(いや、三十台半ばか?)が可愛げに手を小さく上げて俺を呼んでいる。促されるままに、俺はその女性と入れ替わる形で、調理場に足を踏み入れた。
調理場内は食欲をそそる匂いと気持ち良さげに漂う白い湯気で満たされていた。その中心に棚付きの大きな調理台が二つ並び、壁際では大きな鍋が黄土色の液体を沸々と煮え立てている。他にも中華鍋が三つ、特製の大きなコンロの上に並んでいた。その中華鍋の一つを、華奢な後ろ姿の男が、手際よく振っている。
「こっちだ」
「あっ、よろしっ――」
不意に聞き届いた低すぎる声に目線を向けて、俺は言葉を失った。明らかにあっち系(ヤクザ、もしくは暴力団)関係者の人が、湯気に包まれた調理場の奥にある裏口みたいところから、俺を睨みつけている。
その男は「飯」と書かれた白タオルを頭に巻き付け、同じように「飯」と書かれた腰巻きをしている。そして体は異様にデカい。
ここまでなら別に俺は怯えない。だがしかし、その男の堀の深い顔には眉毛が無く、口元には武勇伝を得意げに語り出しそうな切り傷が斜めに入っていた。おそらく四十代と思われる顔つきをしてはいるが、纏うオーラはとある狩りアクションゲームにNPCとして出てくる熟練の狩人。俺の心臓が、嫌な鼓動を奏でる。
「よ、よろしくお願いします」
喉に詰まった言葉を、なんとか吐き出す。そして俺は、すでに湧いた逃げ出したいという衝動をどうにか抑えつけながら、熟練の狩人に近づいた。もちろん目は合わせずに。
「おっ、金髪か。気合い入ってんなっ」
不意に中華鍋を手際よく振っていた華奢な男が、背後を通る俺に振り向いて声を上げた。
「よ、よろしっ――」
なぜにどうして、顔に切り傷が入っている? と思わずにはいられない。裏口から俺を呼ぶ熟練の狩人と同じ様な格好をしている華奢な男の右目には、まるで中学生がとある狩りアクションゲームのキャラクタークリエートで付け加えそうな切り傷が斜めに入っていた。その顔色は青白く、まるでイケないお薬を常用している様に見える。その様相はまるで駆け出しの狩人だ。
「よ、よろしくお願いします」
なんとか言葉を吐き出しながらも、俺の心はすでに逆の感情で満たされていた。うん、ここは無い。あり得ない。超怖い。ここで働く事になったら、おそらく俺は頬に十字傷を刻まれるんだ。そんなの嫌だ。ああ、超怖い。
それでも今すぐ逃げ出せる訳も無く、俺は熟練狩人の前に立った。
「よし、じゃあここに座れ」
熟練の狩人に促され裏口を通ると、狭いながらも開けたスペースがあった。小さな机が二つ並び、壁際の棚には衣服が詰め込まれている。そして仕切り用のカーテンが壁に束ねられていた。おそらく更衣室兼、休憩所なのだろう。
その中心にある小さな机に、促されるままに腰掛けると、真向かいに熟練の狩人が座った。
「よろしくな」
「よろしくお願いします。あ、あの、履歴書です」
俺はそっと、履歴書の入った封筒を差し出す。さて、ここからだ。いかに不採用へと持って行くか、すでに算段は立ててある。
ラーメン屋を選んだのには、理由がある。それは金髪でも比較的採用されやすいんじゃないかという安易な考えから行き着いた答えだった。
でもそれは、考えていたのはこんな、とある狩りアクションゲームに出てきそうなラーメン屋じゃ無い。優しそうな店長が居て、可愛いウェイトレスが居て、皆が金髪の俺を受け入れてくれるような、まるで恋愛シミュレーションゲームの様なアルバイト生活を、俺は送りたいんだ。
よし、帰ったら髪を黒く染めよう。と俺はすでにそんな決意を固めていた。そしてお洒落なカフェやスーパーで働き、普遍的な青春を送るのだ。
さて、落ち着いてきた。俺にとって面接に落ちるのは簡単だ。この場合金髪はプラスに働きそうな気もするが、面接とは外見だけにあらず。ネットで調べ上げた知識をフル活用だ。
つまり、逆を行えば良いのだ。背筋は曲げて、相手の目を見ずに、口調はボソボソと面倒くさそうに。ハハハ、それならば簡単だ。なんせ元引き篭もりなのだから。あの頃の様に、まさしくいつもの様に、受け答えを行えばいいだけなのだから。
熟練の狩人が俺の履歴書を一通り見終えて、机の上に置いた。その目線が、俺の
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