第53話 癒やし魔法の半分は卑猥な言葉責めで出来ています


「よしっ、まずは」


 と紫乃先輩は俺に背を向けてしゃがみ込んだ。その丸みある可愛げな背に隠れて手元は見れなかったが、ゆっくりと立ち上がり振り返ったその手には、白い紙コップが包み込まれていた。


「熱いから気をつけてね」

 そういって差し出された紙コップを、俺は促されるままに受け取る。言葉通り、手の平には温かいよりも若干熱い温度が伝わった。


 そして中を覗けば、薄い緑色の液体が湯気を上げている。匂いを意識すれば、若干鼻奥を刺激しながらも懐かしさを感じさせる植物の香りと、ほんのりとした甘さを漂わす香りが混ざり合っていて、俺の嗅覚を心地よく包み込んだ。


「ハチミツ生姜茶、ヨモギ入り、って言えばいいのかな。いや、ヨモギ茶、ハチミツ生姜入り、かな。まぁどっちでも良いんだけど、ヨモギの葉を煎じてね、そこにすり下ろした生姜とハチミツを混ぜたの。つまり万能薬茶だね」


 紫乃先輩は膝に置いた手を支えに上体を傾けて中腰になり、紙コップに注がれている液体の説明をしてくれた。


 つまり俺の目の前でそんな体勢をしちゃうもんだから、開かれた首筋から柔らかそうな危うい胸元がチラホラと見え隠れしている。


 その危なげな胸元は舞台上で腰を振る踊り子が時折客席へ放つ妖艶な流し目の如く、明らかに俺を誘ってる様に(そんな訳は無い)思えた。言うまでもなく、俺の目線はサンバでも踊るかの様に揺れまくった。


「ちょっと癖があるし苦いと思うけど、ヨモギも生姜も頭痛や体調不良には特効薬なんだよ。地球の優しい魔法がたくさん込められてるんだね」


 そういって背筋を伸ばした紫乃先輩に、俺の目線はどうにか落ち着きを取り戻す。

「えっと、ありがとうございます。い、いただきます」


「どうぞどうぞ。熱いからゆっくりね」


 紫乃先輩が揃えた両手を小さく振って俺を促した。つまりブレザーを脱いでいつも以上に薄着なもんだから、両腕に挟まれて窮屈そうな胸が、その大きさを白シャツの表面にはっきりと刻んでいる。


 そこから目を逸らすように、俺はヨモギ茶ハチミツ生姜入りなる緑色の液体を、ゆっくりと口に運んだ。

 

 まずは舌先に熱さを感じて、それが口内に広がる。飲めない温度では無い事を確かめて、手に持った紙コップをさらに傾けた。


 緑色の液体を口に含ませると、紫乃先輩の言葉通り、ヨモギと生姜の癖のある香りと苦みが嗅覚と味覚を刺激した。そしてその刺激が強まる前に、ハチミツの甘さが主張の強い香りと苦みをすぐさまに包み込んで緩和させる。


 液体が喉を通る頃には、口の中にはほろ苦い甘さだけが残っていた。美味しいわけじゃ無いけど、なんだかホッとするような味だった。そして俺は再び、口元の紙コップを傾けた。


「どう、かな?」


 腰を屈めた紫乃先輩の伺うような上目遣いと踊り子の様な胸元に、緑色の液体を吹き出しそうになった(万能薬茶が毒霧になってしまうところだった)が慌てて飲み込んだ。

「お、美味しいですよっ。なんていうか、や、優しい味ですね」

 

「ほんとっ? じゃあ良かった。地球の魔法はね、皆優しいんだよ。シュウヤ君も感じてくれたなら嬉しいっ」


「はは、はい、優しかった、です」

 目の前で、紫乃先輩の伺う様な上目遣いが安堵の表情に崩れた。厚みある唇が微笑みを形作る。ああ、ヤバい。


 俺は不意に沸き上がった惜しみなき接吻の衝動を抑え込んで胸元に目線を移し、続けてチラホラと覗き見える柔らかそうなおっぱいに沸き上がった触ってみたいという衝動に歯を食いしばり、泳ぎに泳いだ目線はどうにかこうにか紫乃先輩の顔に戻った。


「どうしたの?」


 微かな疑問を纏った丸い目が、俺の顔をのぞき込む。ああ、ただ純粋に、可愛い。そう思った。そして今度は抱きしめたくなって、告白したくなって、腕を組んで歩きたくなって(肘に柔らかいモノが当たったりなんかしちゃって)、結局どこを見ても可愛いってのは卑怯なのだと思い知る。


「なんかシュウヤ君……硬くなってる?」


 かかかか、硬くなってねえわっ!! と不意に繰り出された紫乃先輩の卑猥な質問にまたしても毒霧を吐き出しそうになって、すぐさまに言葉の意味を理解する。日本語って難しいのだと思い知った。下ネタ言ってると思った。危ない危ない。

「いや……いや、そうですね。少し緊張してるかも、です」


 俺の言葉に、紫乃先輩は背筋を伸ばして腰に手を当てる。そして軽く頬を膨らませ、茶目っ気の混じる不満げな表情を浮かべた。

「なんで硬くなっちゃうの? ダメだよ、硬くしちゃ。紫乃の所為で硬くなってるみたいじゃんっ。紫乃はシュウヤ君に気持ち良くなって欲しいんだからね、もうっ」


 じゃあ言葉通り気持ちよくさせて貰おうかっ!! と思わずにはいられなかった。もうそういう風にしか聞こえなかった。繰り返される卑猥な言葉責めに、俺は返事も出来ずに分かり易く辟易へきえきして(キョドって)しまう。


 そんな俺の勘違いな思春期を余所に、紫乃先輩の両手が不意に伸びて、俺の肩に置かれた。つまり目の前に大きなおっぱいが迫り来る。


 慌てて目線を下げると同時に、肩を掴む指が動き始めた。優しく撫でるように、柔らかく揉むように。正直くすぐったくて口から吐息が漏れ出そうになったが必死に抑え込む。油断すると、アンッ、とか、ウフンッ、とか吐き出してしまいそうだった。


「硬いっ。なんでこんなに硬くしてるのっ? ほら、力抜いてっ」


 止まぬ気配を見せぬ卑猥な言葉責めと共に、紫乃先輩の指が俺のそれ(肩だけど)をモミモミスリスリともてあそぶ。それがなんだか気恥ずかしくて、くすぐったくて、目の前にはおっぱいがあって、もう従うしかなくて、どうする事も出来なくなっていた。


 そんな状況に、俺の思春期はとんでもない至福で満たされていく。頭痛? なんですかそれ状態だ。俺は今、世界で一番幸せな男子高校生かもしれない。そんな事まで考えていた。


「はい深呼吸してっ。力を抜いてリラックスするのっ」


 紫乃先輩は微笑みを浮かべたまま、まるで幼い弟に可愛げな叱責をする姉の様な口調で深呼吸を促す。俺は言われるがままに深く息を吸って、深く吐き出した。


「まだ硬いなぁ。柔らかく柔らかく」


「す、すみません」

 心が、変な感情で満たされていく。開いちゃダメな扉が、開かれていく。


「肩を回すんだよ」

 紫乃先輩の言葉に、俺は肩を回す。


「首の力を抜くの」

 言葉に従い、首を上下左右にゆっくりと振った。


「ヨモギ茶も飲みながらね」

 うん、と俺は幼い弟の様に頷いて、緑色の液体を口に運ぶ。


「はい、もう一回深呼吸」

 息を吸って、ゆっくりと吐き出した。未だ揺れまくる俺の目線が不意に目の前のおっぱいを認識する。すぐさまに逸らした。と同時に、肩を掴む紫乃先輩の指に力が入った。


「また硬くなったっ。なんで硬くなるの?」


「すすすっ、すみません」

 この気持ちは、いったいなんだろうか。紫乃先輩に体を(肩だけど)弄ばれながら、言われるがままに身を委ねる。


 ああ、永遠に指導されていたい。紫乃先輩の言いなりになりたい。今なら四つん這いなって赤いヒールで背中を踏みつけられても構わない。おそらく得も言われぬ快感へと誘われるだろう。


「ほら、硬くしないのっ」


 俺のそれを包み込む紫乃先輩の指に力が入る。少し痛くて、気持ちいい。なんだか、俺の未来が不健全に覆われていく様な気がした。厳重に鍵を掛けていた扉が少しずつ開かれていく。でも、それでいい。だって男にとって、不健全とは青春と同意語なんだものっ!!


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