お見合い代理人

「ここで問題です。今、ボクたちが食べているこの『ピーマン』は、外来語であるのはわかるよね? では、どこの国の言葉でしょう?」


 嬉々とした表情で私の顔をのぞく彼に、受付で嫌な客に見せるのと同じ笑みを顔に張り付かせる。


 私は正直うんざりしていた。

 彼の表情にだけではない。年甲斐もなく着ているヤング古着ファッションにも、厚ぼったい黒縁の大きな眼鏡にも、分け目はキチンと七三に分けているのにその先は無造作というにはおこがましいほど艶もなく絡まりあった長い髪など……

 私の幼馴染は、よくこんな男との見合い話を受けたもんだなと思う。彼女は相手の写真を見なかったのだろうか。それとも彼の写真の出来が異様に良かったのだろうか。


 急な親戚の不幸によって今日のお見合いに来られなくなった彼女は、涙を呑む思いで同じ三十代独身街道まっしぐらの私に、お見合いの代理を頼んできた。


 まあ、写真を見ないで来たのは、私も悪かったと思う。そこは反省する。

 でも写真だけでは、フランス料理のコースで出てくる食材に対していちいちと自分の蘊蓄うんちくをひけらかす彼の顔面にフォークとナイフを投げたくなるような性格は見抜けなかっただろう。

 普段食べられない本当においしい料理も、彼が話し掛けてくるたびに味や質が落とされるような気分になって、私はフォークにかじりかけの赤ピーマンを刺したまま、それを皿に置いた。


「さあ。英語ではないのですか?」

「その通り! 英語ではありませんよ。そうですね、ちょっと難しいと思うので、ヒントをあげます。最初のヒント、その国はユーラシア大陸にあります!」


 五大陸からひとつに限定されても、ちょっと。ユーラシア大陸は地球上の陸地面積の三分の一を占めているし、国数だって一番多い。

 最初のヒント、と言ったのだから、きっと次のヒントも彼の頭の中では既に準備されていて、段階が進むごとに範囲が狭められていくのだろう。

 なら、今から自分の頭を使って悩む事はないと私は思った。


「そのヒントだけでは難しいわ。もう少しヒントをいただけませんか?」

「わかりました。では、次のヒント。ユーラシア大陸は、アジアとヨーロッパの総称ですよね? その国は、ヨーロッパにあります!」


 予想通りの展開に、私はほくそ笑んだ。


「ヨーロッパ……ヨーロッパと言っても広いですよね。どこかしら。見当がつかないわ」

「では更にヒント。共和国です!」


 ヨーロッパには約五十の国があって、その中でも共和国は二十余り。なかなか賢い範囲の狭め方に、私は少し、彼に感心した。


「まだわからないわ。もう1つ、ヒントをいただけませんか?」

「いいでしょう。その国は西ヨーロッパにあります!」


 一般的に言われる西ヨーロッパの国数は十八ヵ国。その内、共和国は……


「ポルトガル、フランス、イタリア、オーストリア、サンマリノ、マルタのどれかですね?」

「素晴らしい! ちゃんとドイツを外しましたね!」

「ドイツは連邦共和国ですもの」

「しかも、西から順番に国名をあげましたね?」

「大西洋側からの方が言いやすいですから」

「それで、答えは?」

「選択肢が六つあるって、まだ多いと思うわ」

「了解しました。では最後のヒント! その国の国旗は、三色の縦縞です!」

「国土・雪・情熱? それとも自由・平等・博愛かしら?」

「質問の仕方が自由ですね!」

「フランスね」

「大正解! おめでとうございます!!」


 満面の笑みを浮かべて握手を求めてくる彼に、私はにこやかに微笑みながら手を差し出した。


「いやー、素晴らしい博識をお持ちなんですね!」

「旅行代理店の受付をしておりますから」

「でもそこまでお詳しいとは! 本当に素晴らしい! どうですか? ボクと結婚しませんか?」

「お断りします」

「そりゃ参ったなーあはは!」


 彼が大口を開けて笑い、私が荒んだ目つきで失笑していると、ボーイが次の料理を運んできた。

 ヒラメの薄作り何とか風味……だったかな。ヒラメの刺身に香草とオリーブオイルが掛かった、カルパッチョみたいな物。とても美味しそうだ。


「わあ! 今度はヒラメですね。そうだ! ヒラメとカレイの違いってご存知ですか?」


 フォークを持ち替えた彼が、また嬉々とした顔で、私の顔を見る。

 私は赤ピーマンが刺さったままのフォークで、彼の額を思いっきり刺したい、もしくは彼をまるっきり無視して美味しいヒラメを食べたいという、二択の葛藤に苛まれた。


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