空中ブランコ

 昔から運動神経には自信があった。

 養子先の両親も、僕の運動神経をさらに伸ばすため、トレーナーのいるトレーニングセンターへ積極的に通わせてくれた。年二回の強化合宿にも参加した。

 養親ようしんは、僕が警察や消防のような、体力が必要で災害時に活躍する仕事を選ぶと思っていた。

 しかし僕が選んだ仕事は、サーカス団員だった。


「入団の志望動機は?」

「僕の昔の飼い主に会いたいからです」


 僕の本当の飼い主は、マリちゃん。

 マリちゃんは運動神経が良くて、体操やバレエなどの習い事をしていた。

 そして将来は、サーカスで空中ブランコをするのが夢だった。

 何でも粘り強く、真面目に取り組むマリちゃんは、きっとその夢をどこかで叶えているはずだ。

 なら僕も、その世界へ飛び込んだ方が、マリちゃんと再会できる可能性が高くなると思っていた。


「あんたみたいな、ただの柴犬が。サーカス団員になりたいなんてな」

「何でもします。雑用はもちろん。ビラ配り、ピエロ、玉乗り、綱渡り、飛び込み、火の輪くぐり、できることは当然。できないことも、できるようにします。お願いします団長さん!」

「面白い。じゃあ、やってもらおうじゃねえか」


 養親は僕のサーカス入団に猛反対した。

 しかし団長がうまく話を丸めこんで、僕は晴れてサーカス団の団員になった。


 それから僕たちは、各地を転々とした。

 サーカスのショーの合間に、僕はマリちゃんの行方を探していた。

 僕はピエロの格好をしてビラ配り、ほかのサーカス団との交流会に参加をして情報を集めた。

 北は北海道、南は沖縄まで。

 外国のサーカスに入団していたら、もうお手上げだったけれど。

 マリちゃんは英語の勉強が苦手だったから、きっと国内にいるはずだ。


 玉乗りや綱渡りをしながらの曲芸、高所からの飛び込み、火の輪くぐりなど。

 今やこのサーカス団の花形的存在にまで登りつめた僕の、ファンクラブができた。

 その中の親衛隊と呼ばれる少数が、僕の言うことを何でも聞いてくれるようになり、情報はますます集まって来た。


 そして。


「その話は、本当か?」

「はい。末端まったんの奴が海を渡って、本人を確認してきたので間違いありません」


 とうとう、マリちゃんの居場所を掴んだ。

 とあるサーカス団に入団したマリちゃん。自分の夢を叶えたけど、空中ブランコの練習中に事故があって。復帰が果たせず若くして引退をしていた。

 退団後は、瀬戸内海に浮かぶ小さな離島へ移住。

 そこで猫を飼って暮らしているそうだ。


「なん……だと……」


 なんということだ。

 マリちゃんは、犬派だったのに。

 猫を飼っている、だと?


「シバさん、出番です!」


 茫然ぼうぜん自失じしつのまま、今夜のショーが始まった。


「さあ、お集まりのみなさん、お待たせいたしました! 今夜最後にお見せするショーは、前代未聞! 我がサーカスの花形、柴犬のシバによる、空中ブランコショーです!」


 どよめきと共に、歓声が上がる。

 誰も、柴犬が空中ブランコを成功させるなんて思っていない。

 実際に、練習中は一度も成功しなかったし、本番でも成功するかはわからない。

 しかし、僕はジャンプ台の上に立つ。


「シバさん、命綱を!」


 補助員の声を無視して、僕は空中ブランコの棒を掴んだ。


 命綱? そんなものはいらない。

 今夜はまったく、失敗する気がしない。


 僕は今夜、マリちゃんを超えたサーカス団員になる。

 もっともっと、有名になって。

 僕の存在に気付いてもらう。

 そしてマリちゃんの心を取り戻すんだ。


 君を再び、犬派にしてみせるよ。

 


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