本性暴露人
輝く太陽。美しい海。綺麗な砂浜。
人生初の海外旅行。初ハワイ。
ずっと憧れていた、常夏という言葉をそのまま絵にしたような光景が目の前に広がっている。
なんて素晴らしい日なの!
「あかりさん、あかりさん」
「澤村です、植田様」
この男さえいなければ。
私の真後ろにいる、瓶底の黒縁眼鏡をかけて、七三に分けた艶のない髪をぴったり後ろまとめ、ハワイのビーチだというのに白スーツと革靴を履いている男。
友人の代理で行ったお見合いの席で初顔合わせをした時は、自分よりもずっと年上だと思っていたのに、わずか三歳上。(だって見た目がものすごくオッサン臭かったから!)
その時のお見合いはもちろん、代理を頼んだ友人とも話し合って丁重にお断りをした。
しかし彼はその後、私の勤務先である旅行代理店の受付窓口に現れた。おそらく、偶然ではなく。
三十人の団体ツアーで、ハワイに五泊七日。飛行機もホテルも現地で使うタクシーや通訳も、全て当社任せで、支払いはその場でクレジットカード一括払い。
ただし、と出された条件は、私を添乗員としてツアーに同行させること。
もちろん、旅行代理店の受付しかやったことのない私に、初めての海外旅行、しかもハワイの団体ツアーの添乗員なんて勤まるわけがなく。支店長の申し出で、私はツアーに同行するが、ベテランの添乗員もひとり、追加で同行させてもらえることになった。もちろん、その添乗員分も、植田持ちで。
「あかりさん、ガーリックシュリンプはどこで食べましょうか?」
「ガーリックシュリンプですか? ええっと……」
「植田様。ガーリックシュリンプは、あちらの方にあるフードトラックが集まった屋台村『パウ・ハナ・マーケット』でお召しあがれてはいかがかと」
「君には聞いてないよー、オオタくん」
「おそれいります。
「大高くん。君は背が高いしイケメンだしハーフだしハワイも詳しいし。ずるいよ。あかりさんも成田空港からずっと目がハートのままだよ」
「いたみいります」
「誉めてないよー」
「はい! 行きましょう! 植田様、大高さん!」
飛行機に乗る前から、海外旅行向けベテラン添乗員の大高さんに、植田はなにかと突っかかっていた。
支店長から、同行するのが大高さんって聞いた時は、もうハワイへの楽しみが三割増したのに。空気が濁るのを感じて、私はふたりの手を引いて屋台へ向かった。
ホノルル空港から、手配していたバスに乗ってホテルへ移動後。夜の食事以外はみんな自由行動だけど、私たちツアー会社が計画したハワイ観光に行きたい人だけがマイクロバスに乗り込んで、アラモアナでショッピングをした後、ワイキキビーチへ移動していた。
なんて、理想的な、
ニンニク臭がたっぷりの大きなエビに、たっぷりレモンを絞ってガーリンクシュリンプを頬張る私の横で、植田がなぜか満面の笑みを浮かべて私のことを見ている。
「植田様は、食べないんですか?」
「ボクは、もう食べ飽きてるんだよねソレ」
アンタが食べたかったんじゃないんかい! と心の中で突っ込んだけど。正直、そんな事どうでもいいってくらい、エビが美味しい。
「ところで、あかりさん」
「澤村です、植田様」
「ボクと結婚してくれませんか?」
「お断りします」
「ハワイに来て浮かれた勢いなら行けるかと思いましたが、全くブレないですね!」
「おそれいります」
「いっそ惚れ直しましたよ!」
なんで植田が私に対してこんなに好意的なのか。
本当にわからなかったし、わからなくてもいい。
でも、もし。
仮に、結婚を申し込んでくる相手が植田じゃなくて、大高さんだったら?
背が高くてイケメンでイタリア人とのハーフで、ハワイで通訳がいらないくらい英語が堪能で年下で。
私が勤める旅行代理店で、営業部の新人は王子様だ! と噂が流れた時は、そんなバカな、と思ったのに。
王子様って実在するんだなーと、大高さんの横顔を見て飲むビールが美味しい。
「あ、澤村さん! それビールですよ!」
「へ? あれ? なんで? ジュース飲んでいたのに、いつの間にビールに?!」
「ボクがオレンジジュースとすり替えておきました。てへ☆」
「三十五にもなって『てへ☆』って言うなああああ!!」
鳩が豆鉄砲をくらったような顔で、植田と大高さんが私を見た。
「あれ? もしかして、私の心の声、聞こえてる?」
「はい、丸聞こえというか、だだ漏れというか、
「あかりさん……あかりさんが、ボクを怒鳴った……」
「う、植田様! 申し訳ございません!
「最高だ!! もっと! もっとボクを怒鳴りつけてください、あかりさーん!!」
「そういうところも最初から気持ち悪いんだよ植田あああああ!!!」
そこから先のことは、覚えていない。
ただ、大高さんがものすごく植田に謝って許してもらったと、日本から電話をかけてきた支店長に後から聞いた。
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