ノラ・クローン・パンダ・ジュニア

 むかしむかし。

 パンダの赤ちゃんが生まれると、国をあげてのお祭り騒ぎになる時代が、おじさんの世代ではあったんだよ。

 パンダの赤ちゃんが生まれました、パンダの赤ちゃんがおっぱいを飲みました、パンダの赤ちゃんが歩きました。

 お目出度い時代だったろう?


 みんな、パンダの赤ちゃんが見たくて動物園に行ったんだ。パンダを見るために開園前から整理券が配られたり、抽選券が配られたり。その券を手に入れられなかった人は、本物のパンダの赤ちゃんを見られなかった代わりに、パンダのぬいぐるみやグッズを買っていたりね。

 想像がつくかい?


 いまと違って、パンダはとても人気者で愛されて、お金になる生き物だったんだ。


 お金になる動物は、いつの時代も悪いやつらに狙われてしまう。ゾウやサイが、角を目当てに乱獲されて一度絶滅してしまったことがあったように。パンダは、乱獲はされなかったが、クローンが作られた。パンダの毛の一本から抽出されたDNAの情報をコンピューターで分析して、全く同じDNAをコピーして培養された、クローン・パンダだ。


 クローン・パンダは、オリジナル・パンダの年までしか生きられなくて、寿命は最長でも六年と決まっていた。大量のクローン・パンダがペットショップで販売されるようになったが、そこでは重さが十五キログラム以下の赤ちゃんパンダしか取引されなかった。

 大きくなりすぎたパンダは、ペットショップのゲージに入らないからね。


 野生化したパンダ、野良のらパンダが社会問題化になったのは、その頃からだ。赤ちゃんの間に売れなかったクローン・パンダの売れ残りや、先天性の奇形があってペットショップにさえ行けなかったパンダは、多くはブリーダーによって秘密裏に殺処分されたが、近くの里山に捨てられることもあった。あと、ペットショップで赤ちゃんパンダを買ったけど、パンダが想像以上に大きくなりすぎて飼い主の手に余り、公園に捨てられることも野良パンダが増えた要因のひとつだった。


 クローンは基本、繁殖できない、はずだった。

 オスとオス、メスとメスを掛け合わせても子供ができないように。オリジナルの、クローンとクローンから、パンダの赤ちゃんは生まれないと思われていたのさ。


 でも自然というのは、不思議なもんだ。

 野良パンダの、赤ちゃんが生まれた。クローン・パンダ・ジュニアだ。専門家たちが後々よく調べた結果、クローンの元になったオリジナル・パンダはメスで、交配も出産も経験のあるパンダだったんだ。

 野良パンダの赤ちゃんが出始めた頃はオリジナル・パンダがすでに死んでいたが、おそらく、DNAをコピーしたその時期にオリジナル・パンダは妊娠していたと専門家は公言した。

 つまり大量に培養され作られたクローン・パンダも、みんな妊娠していたのさ。


 クローン・パンダは、きっちり六年で死んだ。

 しかし、クローン・パンダが産んだクローン・パンダ・ジュニアは、本来であれば受精卵の状態のまま成長が止まるはずが、進んでしまったもの。

 理論上は存在しないはずの命が、生まれたんだ。

 クローン・パンダ・ジュニアは一気に増えた。

 さらにクローン・パンダ・ジュニアも自然繁殖した。クローン・パンダ・ジュニアの次の世代からの総称……ノラ・クローン・パンダ・ジュニア。

 それが今、俺たちがと呼んでいるものだ。


 が動物園の檻の中で、笹を食ってる姿を喜ばれる時代は、もう遠い昔だ。


 わかってるだろう。

 あいつら熊猫パンダは。

 見た目が白黒の、クマで、ネコなんだ。


 あとは知っての通り。

 無尽蔵むじんぞうに増殖したは、猟友会のハンターたちによって駆除されるようになったが、それでも頭数を増やし続けている。


 は、いつ、どこに、出てくるかわからない。住宅や公共施設の建物は、の浸入を防ぐため二メートル以上の鉄柵で囲われて、ゴミはのエサになるので収集は廃止。各家庭で処理するようになった。


 市街地の移動は、サファリ・パークで使用されるバスと同等の基準の安全性が高められた、フロントガラス以外の窓に鉄格子がついたものを推奨された。


 つまり俺たちの乗ってきた、こんな鉄格子もないただの軽自動車は。

 にとってはオモチャみたいなものだ。


 さて。いよいよ参ったな。

 に取り囲まれちまった。

 まさか海の近くまでこんなにが現れるとは思わなかったな。


 念のため、の好物の鶏肉の塊を持ってきた。

 オリジナル・パンダは、笹や竹を食べていたんだが。ノラ・クローン・パンダ・ジュニア世代のは、普通のクマやネコと同じように、肉好みの雑食性になっちまったからな。


 車から出たら、俺がこいつを出来るだけ遠くに投げる。

 お前はその間に、海に向かって走れ。出来れば沖まで泳いで、そこから救難信号を出せ。は泳ぎは得意じゃないはずだからな。


 久しぶりのおじさんとのお出かけが、こんなので悪かったな。また会えたら、今度こそのいないところで、視界を檻みたいな鉄柵で遮られない、まっさらな世界を見ような。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る