ゲームの中の世界では

「や、ちょっとソレはマズいでしょ! わ! わああああ!」

「えー、マジっすか? 二落ちですよね?」

「ごめん。ほんと、ごめん」

「次、ベースキャンプ待ちでお願いします」

「りょーかい」


 小さな画面の中で動きまわっていたキャラクターが、巨大な竜に踏み殺されてしまった。

 俺が扱っていたのは、三つ編みで声が可愛い女の子。

 アキラが扱っているキャラクターも青い髪の女の子で、自分の体よりも大きな剣を軽々と扱っている。


「それにしても不思議だよな。こんな小さくて腕も細い女の子が、大剣を扱えるなんて」

「ゲームの中の世界なんで」


 アキラは無表情で、指先だけを異様な早さで動かしている。

 やがてアキラと俺のゲーム機からラッパの音が鳴った。


「オッケーです。素材をぎ取りに来てください」

「お疲れさん。ありがとな!」


 ベースキャンプという、モンスターが現れない区画から出て、画面の中の女の子は竜が倒れている場所へ走る。

 赤い竜の口元で、青い髪の女の子が飛び跳ねていた。


「そんなところにいると、危ないぞ?」

「ゲームの中の世界なんで、大丈夫っすよ」


 竜のお腹の付近で、剥ぎ取りを三回。


「おいおい、竜の心臓がふたつ出てきたぞ?」

「ラッキーですね。良い武器か防具が作れますよ」

「そういう問題か?」

「そうっす」


 ゲームの中の世界、というのは不思議な世界だ。

 まるで現実味がないが、なぜか面白い。


 その時。


 大地を揺るがすような獣の咆哮ほうこうが聴こえた。


「うわあああ!」

「落ちつけアキラ。そこの岩穴に隠れていろ」


 俺たちがいる方へ向かって真っすぐに、草木がなぎ倒されていく音が近づいてくる。


「来たか」

「やっと追い込んだわよ!」


 樫の木ほどの高さのある、真っ赤な毛並みの大きな獅子しし

 この一帯を荒らしている災厄の後ろから、光をまとって空を飛ぶキラリが追いかけ、杖を振る。


「止まりなさい!」


 木々を抜けたところ。

 見晴らしのいい丘で、キラリは停止の魔法を赤獅子あかじしにかける。

 更にキラリの後から、二の腕ほどの太さのある剣をかまえたユージンが追い抜き、停止している赤獅子の足のけんを狙って振り抜く。

 再び咆哮。

 赤獅子が息を吐ききった、その直後。

 俺は赤獅子のふところに入って、まず首の下を細長い長剣で突き上げる。完全に脳天までは届かなかったが、気管が貫通した感触はあった。

 更に左手でもう一本の剣を抜いて逆手に持ち替え、赤獅子の正面の少し左側から、肋骨を避けてつばまで剣を差し込む。


「二人とも離れて!」


 キラリの合図で、俺とユージンは暴れまわる赤獅子から距離を置いた。

 簡略化されたキラリの詠唱えいしょうが響く。

 

しびれなさい!」


 赤獅子の周りだけ、空気が震えて強力な電気が発生した。

 俺が突き刺した剣を通じて、赤獅子の脳と心臓に電流が走る。

 ガクンガクンと大きく震えた赤獅子は、崩れるように地面に倒れた。


「お疲れさまっすー」


 岩穴に隠れていたアキラが、ふらりと出てきた。


「ちょっとアキラ! またエドガーとゲームしてたでしょ! アタシとユージンが必死でコイツを追いかけていた間!」

「キラリさんたち来るの遅かったんで、つい」

「つい、じゃないわよ! 凍らせてやりたい!!」

「まあまあ、落ち着けキラリ。アキラもまだ別の世界に来たばかりで、こっちの世界に慣れるのも大変なんだから、自分の世界から持ってこれた唯一のゲームで心落ち着かせるのも」

「エドはアキラのゲームをやりたいだけでしょうがー!!」


 ドッカーン! とキラリの背後で何かが爆発する。

 時々、感情がそのまま魔法として解き放たれる癖を、キラリはそろそろ治した方がいいよなあ、と俺は思っている。


 と、その時。


 赤獅子の目が開いた。


 痛みと怒りに燃えた目が、目の前に見えるアキラを見据え、える間もなく大きな口を開け、炎を放射する。


「アキラー!」


 背後から回って来たユージンが剣を振りおろし、赤獅子の首を切り落とした。

 炎は止まったが、赤獅子からアキラに向かって真っすぐ、地面が焼け焦げていた。


「いやー、死ぬかと思った」

「絶対に死んでたわよ! 私が防御の魔法をアンタにかけていなかったらね!」


 アキラが尻もちをついている、ほんの先で、炎は見えない壁にさえられて霧散むさんしていた。


「キラリさん、サンキューです」

「ありがとうございますキラリ様、って言いなさいよ!」

「ほんと、助かったよキラリ。アキラを助けてくれてありがとう。ユージンも、すぐに動いてくれて助かった。ありがとうな」


 寡黙かもくなユージンは、俺の言葉にわずかにうなずいた。


「さて、じゃあコイツを解体して、街に運んで売るか」

「がんばってください。俺、ここで見学してますから」

「それはダメだよ、アキラ。働かざるもの、食うべからずって言うんだろう? ちゃんとお手伝いしないと、キラリがそのゲームの充電をしてくれないぞ?」

「そうよ! 勇者エドガーのパーティーの一員なのに、アンタ戦えないんだから。ほかのことで手伝いなさいよ!」

「はーい」


 俺、元の世界に帰ったら【ゲームの中の世界では最強の俺が異世界では勇者の下で雑用係?!】って小説書くんだ……と、アキラはボヤキながら赤獅子の皮を頑張って剥がしていた。

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