神の子と鬼切太郎

 一本橋を渡った先には、昔から人喰ひとくい鬼が住む山々がそびえる。

 里に住む人間は、たびたび山に入り山菜や木の実、野生の動物を獲っていたが、時折ときおり鬼と出くわしてしまい帰ってこない者もいた。


 人里近くに人喰ひとくい鬼がいるにも関わらず、その村が鬼に襲われないのは、鬼が恐れるかみがいるおかげであった。

 神の子が産まれて間もない頃。真夜中に村を襲った恐ろしい赤鬼を、神の子は触れることなく撃退した。

 それから毎年。夏のに一本橋へ来る赤鬼を神の子がはらうと、翌年まで村は鬼に襲われなくなるという習わしが生まれた。

 初代神の子は真面目なで、日々やり鍛錬たんれんを積み、弱きものには優しく、誰に対しても誠実な人間だった。

 村長の子として、神の子として、初代神の子は誰かも信用され、尊敬される人間に違いなかった。

 ただ一つ、残念なことがあった。

 初代神の子は村の娘と夫婦めおとになり、三人の子をした。女子おんなごがふたり、子子こごがひとり。

 ふたりの姉は初代神の子のように真面目で誠実なたちであったが、妙齢になると村の外へと嫁いでしまった。

 末っ子で皆に甘やかされて育った子子こごは、先ず争うことを嫌い、外に出ることも体を動かすことも嫌い、村人の前に姿を現すことさえほとんど無かった。


 だが初代神の子が亡くなった後。子子こごは、二代目神の子に選ばれた。

 村はこの先も神の子を絶やさぬよう、二代目神の子と村の若い娘たちを結ばせ、次々と子を成した。

 二代目神の子は鍛錬たんれんすることも働くこともなく。裕福な暮らしに胡坐あぐらをかいたその姿に、いつしか村人たちは二代目神の子を嫌厭けんえんするようになった。

 そして初代神の子が亡くなって、二年目の夏の夜。

 奥座敷おくざしきで酒と肉に溺れきった二代目神の子は、真っ白に肥えた体によろいまとい、一本橋へ向かった。


 前の年、二代目神の子は初めての鬼退治へ出向いた。

 虫も声をひそめるような静かな夜。一本橋に現れた鬼は、顔も体も燃える火のように赤く、額から生えた二本の角はおどろおどろしく。とげの付いた太く大きな棍棒こんぼうは、見るからに恐ろしいものだった。

 赤鬼は二代目神の子の姿を見るや否や、身の毛がよだつ声でえた。

 赤鬼の声に驚いた二代目神の子はその場で尻もちをつき、そのまま一本橋の上で気絶した。夜が明けて目を覚ますと、赤鬼の影も形も無くなっていた。

 二代目神の子は赤鬼に対して何もしなかったが、なぜ赤鬼はいなくなったのかを考えた。そういえば初代神の子も、触れることなく鬼を撃退したという伝説があった。神の子に選ばれし者は、なにかしら目には見えない不可思議ふかしぎちからを宿しているのかもしれない。

 神の子が鬼の前に姿を現すだけで、鬼は恐れを為して逃げて行くと解釈した二代目神の子は、鬼を恐れる気持ちをすっかり無くしてしまった。


 星夜の下の一本橋の上。

 虫の声も聞こえない静寂が、張りつめた空気に一変する。

 森の奥から一本橋に向かって、枝を揺らし、踏みつける足音。

 二代目神の子は、目を疑った。

 現れたのは、前の年に出会ったあの恐ろしい赤鬼の、首を持った人間だった。

 夜目よめでもわかるほど鮮やかに装飾されたよろいまとい、頭の後ろで結った長いまげが美しいが口を開く。


其方そちは誰ぞ」


 氷柱つららのような声と視線が、二代目神の子に突き刺さる。


「こ、ほうは、かみじゃ!」

「神の子か。いざ勝負!」


 赤鬼の首を脇に放り投げたは、一本橋の上で立ちすくむ二代目神の子の向かって刀を振り抜いた。二代目神の子の首は胴から切り離され、橋の下の川底へと落ちていった。


 諸国を巡り鬼退治をするこの。貧しく年老いた両親のため、みやこで悪さをした鬼を退治し、帝から報奨と地位を得た武士であった。

 裕福で安定した暮らしを得たにも関わらず、このは鬼を切ったよろこびを忘れることができず、両親を都の屋敷に置いて再び鬼退治に出た。


 各地で鬼と呼ばれる存在。それは畏敬いけいの念を込めて呼ばれる、神や人間も含まれた。だがにとってそれは、瑣末さまつなこと。

 鬼を切る。その行為に取り憑かれたを、人はいつしか本来の名では無く、鬼切おにきり太郎と呼ぶようになったそうな。


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