チョコミント味のアイス

「そういえば、もしあなたが浮気したらね」


 敷き布団に寝転んでスマホのアプリゲームをしている俺に、妻が話しかける。

 妻は鏡台の前のスツールに座って、パックをしていた。こちらに完全に背を向けていて、鏡越しに妻の顔を見たけれど目をつむっている。


「なに、突然」

「もしも、ね」


 妻の位置から、この手の中にあるスマホの画面は見えないはずだ。

 俺はいまアプリゲームで知り合ったフレンズに、イイネをしまくっていた。

 フレンズからイイネをもらうから、イイネを返す。

 ただそれだけの行為中。


「もし、あなたが浮気したらね。離婚はしないつもり」

「へー」


 ウサ耳がかわいい魅倫ちゃんに、イイネをする。

 アヒル口がかわいいセキセーインコちゃんにも、イイネする。


「でも仕事は辞めてもらうから」

「はあ!? 俺が仕事辞めて、どうやって生活していくんだよ?」

「あなたの実家の農業を継いでね」

「嫌だよ! 長男だからって農家になりたくなくて、実家を出て大学行って会社員になったのに!」

「それと、あなたの実家に、みんなで引っ越すわ。同居するの。もちろん、あなたの親にもご近所さんにも、あなたが浮気をして仕事を辞めて妻子を連れて出戻りしたことを、私は全て話すわ」


 イイネをしていた、俺の手は完全に止まっていた。

 妻は両手で何度も何度も自分の顔を包んで、パックを浸透させている。


「なんだよ、それ」

「あなた、想像するだけでも嫌よね。その気持ちとはちがうけれど、もしあなたが浮気をしたら、同じくらいの苦しみを私が味わうってこと」


 ゲームをする気がすっかり削がれて、俺はスマホを放り投げて上着を着た。


「出かけるの?」

「アイス買ってくる。君は何が食べたい?」

「チョコミント味がいいな」

「俺と同じかよ」

「いいじゃない。あなたと一緒に、チョコミントのアイスが食べたいなあ」


 まあ、いいけどさ。

 そうボヤキながら、僕は少し欠けた月が綺麗な外へ出る。



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