さがしもの

 それは、突然の出来事だった。

 まさか、自分の身に起こるなど考えたことなど、考えたことも無かった。


「おーい!」


 僕は自分の部屋の中の、机の下、ベッドの下、本棚の奥をくまなく探す。

 自分の部屋から飛び出して、まさかと思いながらも冷蔵庫の中、電子レンジの中、洗濯機の中。浴槽や、トイレの便座の中まで探した。


「おーい!」


 呼んでみるが、やはり返事など聞こえない。

 もしかすると。外へ逃げ出してしまったのかもしれない。

 僕は机の上に広げていたノートとペンとスマホを持って、外に飛び出た。


 まず家の周りを探す。

 物置の中、庭の小さな茂みの下。

 まさか地面の中にもぐり込んではいないと思うけど。


「おーい!」


 もう少し、探す範囲を広げてみる。

 お隣さんの家の柿の木の枝の先。

 お向かいさんの畑のコンテナの陰。

 

 まだすぐ近くにいると思っていたのに。

 姿も気配も、全く感じられない。


 僕はもう少し先の、公園やコンビニまで足を伸ばした。

 焦る気持ちが早足になり、辺りをキョロキョロ探る挙動は、不審者と思われても仕方がなく、前方から歩いてきた人は僕を大きく避けて歩いて行った。

 できれば、いますれ違った人にも「すみません!」と声をかけたいところだけど。

 本当に通報されたら困るので、僕は誰かに頼ることなく探していたが。


 そうだ! スマホを持っていた!

 SNSで呼びかけて拡散してもらえれば、どこかの誰かが取っ掛かりを見つけてくれるかもしれない!

 炎上も覚悟して、僕はスマホの画面に打ち込み始める。


『 #拡散希望  #栃木 一月十七日の正午か

【電池が足りません。アプリを終了します】


「うわああああああああああああ!!!!」


 スマホの充電が切れて、画面が真っ暗になってしまった。

 奇声をあげた僕を、近くにいた中年女性が怪訝けげんな目で見てくる。


 僕は慌てて、目の前の路地を曲がって猛ダッシュした。

 悪いことなんて、何もしていないけれど。

 ただ、探しものをしているだけで。


 走り続けて、家の近くの川の堤防まで来ていた。

 こんな所にいるはずもない、と内心では思うが。


「おーい! おーい! うおおおおおおおいっ!!」


 僕は大声で、川に向かって声を張り上げる。

 声を出しつくすと力が抜けて、持っていたノートとペンが足元に落ちた。

 見開きのノートの白いページが、僕の胸を締め付ける。


「本当に……どこにいったんだよ、俺のネタ……」


 太陽光の反射でキラキラ光る川が眩しくて、僕は両手で顔を覆った。


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