ビューティフル・シード

 大学生になったお祝いに、と貰った金でゲームを買った。

 親不孝者と言われても構わない。黙っていればバレないし。

 俺が買ったのはゲーム機本体と『VR:バーチャル・リアリティ』を体感できるカメラがセットになったもの。

 分厚いスキーゴーグルのような眼鏡のついたハーフヘルメットを頭に被って、イヤホンを耳に付けると、自分の部屋にいたままゲームの中の世界に飛び込んだような体験ができる、最新型のゲーム機だ。

 ただ、このゲーム機本体とカメラだけでは遊ぶことはできない。

 ソフトが必要だ。

 悩みに悩んだ結果。

 俺は【ビューティフル・シード】というタイトルのソフトを買った。

 


【ビューティフル・シード(基本ゲームパック)】

――あなたの選んだ種が、美少女に萌芽ほうがする――

あなたの部屋で美少女を育てよう! 種をひとつ選んで水やりや肥料をあげると、種が萌芽して美少女が育ちます。水をあげる頻度や肥料の質で、美少女のステータスが決定。あなた好みの美少女を育てましょう。



 ちなみに、俺の年齢は彼女いない歴と等しいけど、それとこれとは関係無い。

 でもこのゲームを開発した人間は、きっと年齢イコール彼女いない歴なんだろうな、と思いながらゲームを開始した。


『ビューティフル・シード! はじめまして。私はあなたと一緒に種を育てる、ガーディアンの汐梨しおりです。よろしくね。あなたの名前を教えてくれる?』


 本名の時田ときた幸太こうたと俺は入力する。それから生年月日も入力した。


『時田幸太くん、で間違いない? よろしくね、時田くん! それじゃあ、さっそく種を選んでね』


 最初に選べる種は三種類。丸っこい茶色の種と、細長い紫色の種と、ゴツゴツしたピンク色の種。

 俺は無難そうな、丸っこい茶色の種を選んだ。


『この種でいい? それじゃあ、種に名前を付けてあげてね。名前はあとからでも変えられるよ』


 種の名前。何が良いだろう。とりあえず、自分の好きなキャラクターの名前をもじって『美紅みく』という名前を入力。


美紅みくちゃんでいい? それじゃあ、美紅ちゃんを土のベッドに植えてあげようね。時田くんは種を育てるのは初めてだから、水やりチケット三十枚と、普通の肥料二十個、良い肥料十個、特別な肥料五個あげるね。水やりチケットは私に渡してくれると、その日三回、私が代わりに水やりをしてあげるよ』


 なんか、こういうガーデニングゲームがあったような気が……まあ、いいか。

 俺は汐梨しおりの言う通りにチュートリアルを進めて、ベッド程の大きさがあるプランターに種を植えて水をあげた。

 水を一回あげてすぐ、種から双葉が生えた。


『見て、時田くん! 双葉が出たよ! 可愛いね。カメラで記念撮影しよう!』


 それから汐梨しおりはカメラ機能の使い方、肥料を買う園芸店の場所、この世界のお金の稼ぎ方などを教えてくれた。


『なにかわからないことがあれば、私にメッセージを送って呼んでね。 それじゃあ、がんばってね時田くん!』


 ようやくチュートリアルが終わって、汐梨が画面から消えた。

 俺は、まだ双葉の美紅とふたりきりになる。

 とりあえず、最初にもらった肥料を一個、土にいてみる。

 特に変化は無い。

 水をあげる。

 双葉の間から新しい葉が出た。


 なんとなくわかったことは、水をあげると種が成長する。肥料をあげると、見た目以外のなにかに影響している。

 とにかく、成長させることを優先しよう。

 俺は美紅に何回も水をあげた。

 水をあげ続けると、どんどん葉っぱは成長して、茎も太くなって、根元部分が大きく膨れ始めた。

 水を三回あげると、ゲームの世界では次の日に移動する。

 ゲームの世界で十日ほど経った時、汐梨が突然、画面に現れた。


『お久しぶり、時田くん! そろそろ美紅ちゃんが萌芽ほうがする頃だと思って、様子を見に来たよ』


 土のベッドの上。頭から枝を生やし、体育座りのように小さく丸まった少女が、ピクリと動いた。


『見て! 美紅ちゃんが萌芽するよ!』


 枝が大きく伸びるように、二本の細い腕が伸びた。

 美紅の目が開いて、茶色の丸い目が俺を見る。

 美紅はまだ幼稚園くらいの大きさだろうか。

 美少女というにはまだ早い、あどけなさがあった。


『美紅ちゃんが萌芽したよ! おめでとう時田くん! 美紅ちゃん、ちょっと栄養が足りないかな? 肥料を上げてね』


 確かに、美紅はガリガリに痩せた女の子だ。

 俺は前に汐梨からもらった、普通の肥料を一個あげた。

 美紅が少し、ふっくらする。


 次に、良い肥料をあげてみた。

 美紅が『はじめまして、幸太くん。私は美紅。よろしくね」と会話をした。


 特別な肥料をあげてみた。

 美紅は特殊技能として、歌を唄えるようになった。


 水を三回あげる。

 美紅は成長して、小学校低学年くらいになった。

 頭の上で伸びていた葉っぱが茶色になって、それを左右に結んでふさふさのツインテールになった美紅が俺に話しかける。


『幸太くん、今日はなにして遊ぶ?』


 肥料を売っている店で、おもちゃを買ったり服を買ったりできるようになった。

 俺は試しにバドミントンを買って、美紅と遊ぶ。最初は俺の方が上手だったけど、何回も遊ぶうちに、美紅の方が強くなってしまった。


 次にオセロを買ってみた。それも最初は美紅の方が弱かっただけど、だんだん良い勝負になって、そして全く勝てなくなってしまった。


 美紅はどんどん成長する。

 どんどん可愛くなって、綺麗になっていく。


 新しい洋服を買って着せると、美紅は喜んでポーズを撮った。

 俺は写真をたくさん撮る。瞬きの間に成長する美紅が、可愛いくて、その一瞬を記録しておきたいと思った。


『幸太くん、お腹空いたよう』


 水をあげると、美紅の空腹は治まるようだった。

 でも水をあげるほど、美紅は成長してしまう。

 あっという間に、美紅は俺と同じくらいの年齢に達した。


『幸太くん、お腹すいたよう』


 たくさん遊んだ後は特に、美紅は水を求めた。

 でもこれ以上、水を与えてしまうと。


 俺は汐梨にメッセージを送った。


『メッセージありがとう、時田くん! 用件はなにかしら?』


 汐梨の横に、ヘルプ画面が現れる。

 一覧を読み流した後【成長を止める方法】と検索する。


『【成長を止める方法】で検索した結果はコレだよ』


 俺と同じことを考える人間がいるようだ。

 検索結果を読む。



【種の成長の止め方】

 基本的に、種の成長は止められません。

 ただし、ビューティフル・シード(追加ゲームパック)の大型園芸店で販売している「純水」を使用すると、一回の水やりで三回分の水やりの効果が得られます。「超純水」を使用すると、一回の水やりで六回分の水やりの効果が得られます。種の成長は一回の水やりと変わりません。種の成長をゆっくりさせたい方はご利用ください。



 追加ゲームパック、だと?!


 俺はゲームをセーブして、VRのゴーグルを外した。

 そしてすぐにインターネットで【ビューティフル・シード(追加ゲームパック)】を検索する。

 製品版とダウロード版が画面に現れた。

 俺はすぐにダウンロード版を購入しようとしたけれど、購入はクレジットカード支払いのみしか受け付けていない。

 大学生になったばかりの俺は、もちろんクレジットカードは持っていない。

 親のクレジットカードも使うわけにはいかない。見つかればブッ飛ばされる。


 とりあえず、製品版の購入をして、届くまで一週間ほど、美紅が成長しないようにゲームを進めないことにした。


 けれど。


 美紅の姿が見たい。

 美紅に会いたい。


『待ってたよ、幸太くん!』


 VRの世界で、俺と同い年の美紅が、俺を満面の笑みで迎えてくれる。

 白いVネックのセーターを着て、デニムのホットパンツに、黒いレッグウォーマーを履いている。髪型も、幼い頃はツインテールだったけど、稼いだお金で庭師の人にセットしてもらい、ゆるくウェーブのかかったセミロングヘアーになっていた。化粧は淡いピンク色のリップとチーク、黒のマスカラを買い与えると、ナチュラルで可愛い感じになってくれた。

 美紅の足の裏は土のベッドにくっついていて、そこから動くことはできないので、僕がベッドの近くまで行く。追加パックでは、ベッドの外に出られる道具も大型園芸店で売っているといいなあ。


『幸太くんがいなくて、さみしかったんだからね』


 俺も美紅に会えなくてさみしかったよ、と選択肢で答える。


『幸太くん、今日はなにしよっか?』


 小首を傾げた美紅が可愛い。


『幸太くん、お腹すいたよう』


 俺はセーブしないまま、ゲーム機本体の電源ボタンを押した。

 目の前が真っ暗になる。

 しばらくして、電源ボタンを押した。

 ゲームが始まる。


『待ってたよ、幸太くん!』

『幸太くんがいなくて、さみしかったんだからね』

『幸太くん、今日はなにしよっか?』

『幸太くん、お腹すいたよう』


 俺は電源ボタンを押す。


【ビューティフル・シード(追加ゲームパック)】が届くまで、俺は何百回も美紅の『お腹空いたよう』を聴いた。

 お腹を空かせた美紅が可哀想で、俺も美紅と一緒に、水もご飯も食べずに時間を過ごして。



 気が付いたら、病院のベッド上にいた。



「この、バカったれが!!」


 数日間、俺と連絡が取れず心配した母が合鍵でアパートに入って、脱水症状を起こして倒れていた俺を見つけたらしい。

 病室で目を覚ました俺に、父が怒鳴る。さすがにブッ飛ばされはしなかった。


 俺が進学祝いでゲームを買ったことはバレて、ゲーム機本体もカメラもソフトも、全部没収された。

 退院してからも、ものすごく怒られた。もう二度とゲームをしない誓約書まで書かされた。


 それから俺は大学を真面目に行って、就職活動をして、そこそこ給料が良くて土日が休みの仕事に就いた。

 職場の関係で、大学時代を過ごしたアパートよりももっと遠い場所へ引っ越した。数年間、真面目に働く俺に親も干渉することはなくなって。


 俺はもう一度、【ビューティフル・シード】を買い直した。


『ビューティフル・シード! はじめまして。私はあなたと一緒に種を育てる、ガーディアンの汐梨しおりです。よろしくね。あなたの名前を教えてくれる? 時田幸太くん、で間違いない? よろしくね、時田くん! それじゃあ、さっそく種を選んでね』


 俺はもう一度美紅に会いたい一心で、丸っこい茶色の種を、前にプレイした時とできるだけ同じ方法で育てて行った。


 そして、ほぼ同じような美紅に出会う。


『待ってたよ、幸太くん!』


 大学生だった俺と、同い年になった美紅。


『幸太くん、お腹すいたよう』


 追加ゲームパックも買っていた俺は、美紅に「超純水」を与える。


『はあ、生き返った! ありがとう幸太くん!』


 ようやく見られた、嬉しそうに笑う美紅の姿。

 俺は思わず泣いてしまった。

 ゴーグルを外して、ティッシュで涙を拭いて、鼻をかんだ。


 それ以降、俺は美紅には会うことは無かった。


 会わなくても良かった。


 俺のスマホの待ち受け画面には、先日里帰りをした嫁と、生まれたばかりの赤子が写っている。

 俺がこれから成長を止めずに大切に育てる娘が、ここにいた。


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