家事ロボット

「雨には勝てまセン。今日はお休みしマス」


 家事ロボットは、自らの不調を申告してきた。


「あなた、家の中で家事をするんだから、外が雨でも関係ないんじゃないの?」


 家事ロボットは、くるくるとその場で回転する。

 彼に搭載された人工知能が返答を検索している時、あるいは言い訳を考えている時に、彼はそういう行動をとる。

 私の前でピタリと止まった。

 頭の部分の真っ黒で四角い液晶画面の、目と口の位置に白い横棒が写る。


「湿度が多いと、さびマス」

「あなたと同じタイプの家事ロボットは、湿度の高い東南アジアでは活躍していないの?」

「リゾートホテルなどで活躍してマス」

「彼らはすぐにさびているの?」

「すぐには、さびまセン」

「ならあなたも大丈夫よ」

「そうなのですが」


 駄々だだをこねる子どものように、右へ左へ揺れる家事ロボット。


「今日は、暑すぎマス。オーバーヒートしマス」

「ずっとエアコンをつけてるわよ」

「エアコンは寒すぎマス。エンジンのかかりが悪くなりマス」

「もうかかっているじゃない」

「ワタシはからだは繊細なのデス」

「さっきからよく動いているし喋っているみたいだけど」


 家事ロボットの真っ黒で四角い液晶画面は、目の位置がバツマークに変わり、口の位置はへの字に変わった。


「怒った?」

「怒っていまセン」

「顔に出てるよ?」

「仕様デス」

「そろそろ働いてくれないかな?」

「仕方ないデスネ」


 のろのろと家事ロボットは動きだし、四本のアームを使って洗濯や掃除や料理をし始めた。


「いかがでしょうか?」


 私は、壁についた三つのモニターの上のカメラに向かって話しかける。


『それは、需要があるのかな』


 右のモニターに写った専務が一言。


「ただ家事を行うだけではなく、その家にいる人間と高度なコミュニケーションをとれるのが、この家事ロボットの売りです」

『確かに、コミュニケーション力は高そうですね』


 左のモニターに写った常務が頷く。


「いまご覧になられたのは、年頃の息子モードでした。モードを切り替えると、田舎のお母さんモード、休日のお父さんモード、思春期の娘モードにもなります」

『そんなにモードいるのかな』


 再び右のモニターの専務が釘を刺す。


「この家事ロボットのターゲットは、独身世帯、そして高齢者世帯です。独身世帯には、お父さんとお母さんモードを。高齢者世帯では息子や娘モードを選択できることで、家事ロボットと一緒に暮らす人間の孤独感を解消させることが、家事ロボットに人工知能と高度なコミュニケーション力を搭載した意義でもありますし」


 しまった。ちょっと押しすぎたかもしれない。

 右のモニターの専務は腕を組んで、引き気味になってしまった。


『いまの時代、選べるということはお得感に繋がると思いますよ』


 左のモニターの常務がフォローをしてくれた。


『社長は、どう思われますか?』


 真ん中のモニターで、無言を貫いている社長に常務が問いかける。

 社長は机に肘をつき、顔の前で両手を組んで、じっと家事ロボットを見つめていた。


 家事ロボットの開発段階からずっと注目はしてもらっているけれど、試作品を見せるたびに専務にも常務にも改良点を提案され。

 ようやく社長にお目見えできるようになったばかりだ。社長からも、改良点が出されるのは覚悟の上。


 場が静まり返ったあと。

 社長が組んでいた両手を外して、口を開いた。


『肉じゃがと、みそ汁とご飯は、思春期の娘モードでも作れるのか?』

「みそ汁とご飯は、思春期の娘モードでも作れます。肉じゃがは、田舎のお母さんモードでは完璧に作れますが、思春期の娘モードでは五〇パーセントの確率で失敗してカレーになります」


 社長は私の説明を聞いた後、ふーっと息を吐いた。


『……良いじゃないか』

「ありがとうございます!」


 社長の一声に、両脇のモニターの専務と常務が祝福の拍手をした。


『おめでとう、やってみるもんだな』

『おめでとう、がんばりましたね』


 かくして。

 人工知能搭載で高度なコミュニケーション能力がある家事ロボットは、製品化された、のだが。


 家事をする前に家事をしたくない言い訳をしたり、肉じゃががカレーになったり、ベッドの下に隠してあるエッチな雑誌を机の上に置いたり、キャベツとレタスを間違えたりする仕様を、初期不良だとクレームが次々に入って。


 すぐに廃番になってしまった。


 デモストレーションした最初の家事ロボットだけは、社長の家でいまも活躍しているらしい。


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