アンケート実施中

「どうぞ、どうぞ」


 つま先がとがった革靴をドアに向けて、上質なスーツを着た男性が、私を中へと招き入れる。


 先ほど、商店街を歩いていた時に「アンケートにご協力いただけませんか?」と声をかけられた。

 これから人との待ち合わせもないし、取り急ぎ必要な買い物もなく。本でも借りようと、図書館へ向かって歩いているだけだった。

 身なりがしっかりして、首から身分証みたいなものを下げた眼鏡の人は、信用していいと私は思った。

 しかもアンケートに回答すると、その場で五百円分の図書カードをもらえるし。


 商店街から少し細い路地へ。

 細長いビルの外階段から二階へ上がると、喫茶店の看板が見えた。

 喫茶店の入口のドアの横に『アンケート実施中』という張り紙がされている。


 男性に喫茶店の入口のドアを開けてもらい中へ入ると、すでに数人、店内のテーブル席に座ってアンケートが行われていた。

 全員、スーツで眼鏡で身分証を着けているのが男性。アンケートに答えているのは女性。それぞれがテーブルを挟んで向かい合って座っている。『アンケート実施中』という張り紙が無ければ、アルバイトの集団面接会場みたい。


「喫茶店のメニューは何でも注文できますが、コーヒーと紅茶以外は自費となりますのでご了承ください」


 男性はコーヒー、私は紅茶を注文した。


「それでは、この度はアンケートのご協力をいただきまして、ありがとうございます。私は、YKT有限会社の細田ほそだと申します。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします」

「まず、これから行うアンケートの個人情報は、弊社へいしゃの新しい商品やサービスの開発することを目的に使用いたします。それ以外の目的では使用いたしません。よろしいでしょうか?」

「はい」

「それでは、アンケートを始めさせていただきます。お名前、生年月日、お住まい郵便番号を、お願いします」


 男性に聞かれるがまま、最初は私の個人のことを素直に答える。

 途中、紅茶とコーヒーを喫茶店のマスターが運んで来て、一時中断。

 ティーカップに砂糖を一本入れて、ティースプーンでかき混ぜて、紅茶を一口飲んで、再開。


 アンケートは、YKTの商品やサービスを知っていますか? へと移行した。それから、自社商品やサービスの素晴らしさアピールが、アンケートを通して延々と行われた。

 例えば「YKTで扱う化粧水は、YKTが特保とくほを取得している乳酸菌を使用して、一般的な化粧水と比べるとより高い保湿性があるのですが、そういったことはご存じですか?」

 みたいな感じ。


 よく見ると。男性側の席には様々な商品が入った袋が置かれており、他のテーブル席では既にアンケートが終わってセールストークが始まっているところもある。


 これはいいカモにされてしまったなあ、と気付いても遅い。


 私の方もアンケートが終わり、三つの商品の中から興味がある商品を一つ選んでください、という段階へ進んだ。

 どれにも興味がない、と答えると。選択肢は二つに絞られて、最終的には男性のオススメの方が選ばれた。


 図書カードもらって、早く帰りたいなーと思いながら男性のセールストークを聞いている時。


 ふと、男性の指毛ゆびげが気になった。

 髪の毛は美容室で整えて、爪も短く綺麗に切られて、たりさわりのないスーツで決めているのに。

 男らしい太くて長い指の、第三関節のところに、黒々とした指毛が生えていた。まんで引っ張れそうなくらい、長い毛。


 男性は延々と話を続けていて、私は「はあ」「ええ」「そうなんですね」と適当に相槌あいづちを返していたけれど。

 私の目は、男性の指毛に釘付けだった。


 妄想の中で、私はその指毛を自分の右手の親指と人差し指の爪で一本ずつ摘まんで、引っ張って、抜いていく。

 一本一本。

 男性は、自分の毛が抜かれることに痛みを感じているはずなのに、おくびにも出さない。営業マンとしての矜持きょうじをもって、痛めつける私に微笑みながら自社商品のサービスを紹介し続ける。

 なんだかそれが、私をひどく快感させた。





 アンケートが終わり、五百円分の図書カードをもらった私は、喫茶店を出て商店街まで戻って来た。

 余計な買い物はせず、ここへ戻って来れた自分をほめてやりたい。

 私はまっすぐ、本屋へ向かって歩き出す。


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