自分メンテナンス

 新聞を取りに外に出ると、吐く息が白かった。雲ひとつない青天の冬空。夜から朝にかけての放射冷却で、家の前の歩道の水たまりも凍って白くなっていた。


「寒いし道路が凍っているから、気を付けてね」

「凍っているのは朝だけだろう。今日は晴れ予報だから、昼には溶けるさ。それよりも、出張の間、君が一人で家にいる方が心配だ。大丈夫か?」

「子供じゃないんですから。大丈夫ですよ」

「そうか。何かあれば、すぐに連絡してくれよ。じゃあ、いってきます」

「いってらっしゃい」


 パジャマの上に半纏はんてんを羽織り、サンダルで玄関から出てきた私とは違って。夫は濃いグレイのスーツに黒い革靴とロングコート、キャリーバッグを持ってもう仕事へ行ってしまった。


「さてさて」


 新聞を持って玄関に入った私は、まず鍵をかける。 戸締まりオッケイ。

 夫しか読まない新聞は、そのまま新聞回収袋へ。持っていけばいいのに。どうせ今日も、駅の売店で新聞を買って、読んですぐその辺のゴミ箱に捨てるんだわ。

 簡単に済ませた朝食のお皿を、キッチンのシンクの中に入れて水を張って、洗剤を振りかけておく。

 私の分のご飯は、お腹が空いたら食べるので今はいらない。


 台所を出て、二階に上がった。寝室のクローゼットから服と下着を取り出し、寝室の隣にある納戸の、奥のダンボール箱から白い紙袋をひとつ持ち出した。

 一階へ降りると、真っすぐお風呂場の脱衣所へ。洗面台の向かいにある洗濯機の前に、紙袋を置いた。


 私はその場で、着ている服を全て脱ぐ。

 うなじの上あたりに両手の指を食いこませ、ぐいぐいと左右に引っ張り、一気に頭を抜く。次に肩と腕を抜いて、胸から膝までぐっぐっと下に降ろして、足を一本ずつ抜く。

 脱いだ自分を洗濯機に放り込み、洗剤を入れてスタートボタンをポチッ。普段の洗濯で使っている柔軟剤は、自分には合わないので使わない。


 お風呂場へ行くと、全身をシャワーで洗い流した。すぐに上がって、洗濯機の上の棚からタオルを一枚取って、水気を丁寧に拭く。生乾きになると臭くなるのよね。

 白い紙袋の中から、新しい自分を取り出し、爪先から順に着ていく。その上から、クローゼットから出してきた新しい肌着を身に着ける。


 次に洗面台の鏡で、身だしなみをチェック。シワになっているところ、たるんでいるところ、ヒビ割れやはみ出しているところがないか確認する。顔や首やデコルテ、手首から先は特に入念に。

 チェックが終わって服を着ると、タイミング良く洗濯終了のブザーが鳴った。


 じっとりと湿った自分を持って、また二階へ上がる。

 二階の廊下の突き当たりから外の物干し場に出ると、まだ凍てつく空気が一気に私を襲ってきた。


「うー寒い寒い!」


 半纏はんてんを羽織って来なかったことに後悔しつつ、物干し竿を乾いた雑巾で乾拭きする。

 日当たりと風通しがよく、細い木の塀で目隠しもできるこの物干し場は、家をリフォームする時に唯一の私の希望通りに作ってもらったところ。

 お気に入りで安心できる空間で、私はできるだけシワを伸ばしながら自分を干していく。


 あ、右手の指先がささくれてた。

 また顔にシミが増えた? やだー。

 白髪も前より増えた気がするなあ。

 あら、足の指の爪を切るの忘れてたわ。


 手入れが必要なところを探して見つけるのは、自分を洗濯した時が最適。

 自分を干し終わると、少し高くなったお天道様てんとさまを見上げた。

 これから気温は高くなりそうだし、乾燥しやすい時期だから乾きそうかしら。

 夜は保湿剤を全体に塗って、気になったところのお手入れして。

 夫が留守になる日は、自分メンテナンスが出来るから。私にとっては都合がいいのよね。


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