じいちゃんの木

 人間は成長すると木になるんだ、と言っていたじいちゃんが、本当に木になってしまった。


 いつも手入れが施された自慢の庭の、少し丘になった芝生の真ん中あたり。去年の秋から立っている。その足は枯れ木のように茶色くやせ細っているように見えるが、足首から下は地面の中に埋まっていて、冬の間はそこから養分を吸収していたようだ。近年まれにみる大雪が降って、じいちゃんは胸のあたりまで真っ白に埋まってしまったが、今年の春の雪解けまでちゃんと生きていた。


 じいちゃんの世話をするのは、主に母ちゃんと俺だった。

 母ちゃんは、じいちゃんの指示通りに枯れ木のような足の数十センチメートル離れたところに肥料を植えて、定期的に水を撒く。俺はその肥料をホームセンターまで買いに行ったり、たまにじいちゃんの指示に従って庭いじりをしたりする。


 なんとなく入った大学を、なんとなく卒業して、なんとなく家に戻ってきた俺に、じいちゃんは重大な仕事を与えてくれたのだ。それはきっと、寝たきりの老人を介護するよりはずっと楽で、楽しいものだと思う。


 桜が咲き始めるくらい外が温かくなると、俺は家の中にいるよりも、外の庭でじいちゃんとすごす時間が増えた。俺はじいちゃんの足の根元に座って、あの木がなんという名前で、どんな花や実をつけるのか。そこに咲いている花は、咲き終わったらどうするのか。少しひんやりした心地よい風が吹く庭で、日が暮れるまで話していた。


 桜が散って、庭も本格的な花の時期を迎えようとした頃。

 庭に植わったじいちゃんがボケてきた。


 前はもっとしっかりと、あれをこーしろどーしろと指示をしてくれたのに。

 咲いていた花が落ちるのではなく、萎んでゆくようなじいちゃんの姿に、俺は不安を感じた。


 じいちゃん、しっかりしろよ。

 じいちゃん、ほらもうすぐ夏が来るよ。日が長くなって、光合成をする時間が増えるだろ? 足からだけじゃなくて、太陽からもしっかりと栄養をもらえよ。

 

 やがてじいちゃんは、返事をしなくなった。

 俺が話しかけても、母ちゃんが話しかけても、本当の木のように静かに庭の芝生の真ん中でたたずんでいるだけの存在になった。


 今年のお盆。母ちゃんはじいちゃんの木に、じいちゃんの大好きだった団子をお供えした。

 じいちゃんは木になってから、一度も食事を口にしたことはない。栄養も水分も全部、土とお天道てんとさんからもらってるからいらん、と言っていたのだ。


 でも俺はスコップを持ってきて、じいちゃんの足元から数十センチメートル離れたところに穴を掘って、その団子を埋めた。


 じいちゃん、団子うまいか? 口から食べられなくても、足からなら食べられるだろ?


 秋になり、じいちゃんは本当に、そこから元々あった枯れ木のようになってしまった。でも木の幹に触ると、石よりも少し温かく、それが生きていることが分かる。

 俺はじいちゃんにむしろで冬囲いをして、麻縄でしっかりと縛った。

 じいちゃん、また春にな。


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