ある路地裏の占い師の話
私は駅前通りから少し路地に入ったところに小さな店を構える、しがない占い師です。日に二、三人訪れる人たちに、僅かな報酬をいただいては、近い未来を占っております。
今日も、店を開いてから二時間ほどして、一人の青年が訪れました。
夏だというのに、紺色のロングコートを身に付けて、同色の帽子を深々と被っていました。彼は人目を気にするように、私の店に入ってからも周辺の警戒を怠りませんでした。
私は彼を落ち着かせるよう、静かな声で用件を尋ねました。
すると彼は、怯えた顔つきで私を見つめ、世界を変える方法を教えてほしいと言ってきました。
あまりに漠然とした壮大な問いに、私は息を飲んで、彼に気付かれないように深呼吸をしました。私は今までに、その類の相談を受けた事が無かった為に、恥ずかしながら、うろたえたのです。
駅前通りから少し路地に外れたところに店を構える占い師は、その日に飲み会で知り合った男性との相性や、ホテル帰りの不倫相手との今後の未来を占うことが主な仕事なのです。
それでも私は、勤続10年以上の、
まず彼の言う世界とは、あなた自身の世界であるのか、それとも国際的な世界であるのか、そこから問いただしました。
彼は、国際的な世界、と答えました。
私は次に、世界をどのように変えたいのかを問いただしました。
ただ変えると言っても、氷を水に変えるのと、石を金に変えるのでは、大きく意味が違います。今ある世界を善悪の方向へ導くのか、それとも今ある世界を全く別の世界にしたいのか。
彼は、そこまで深く考えていなかったのか、目線を上に向かせて考えた後、後者を望みました。
私は彼に手相を見せるように言いました。
紺色のロングコートの袖から出された手は細く、とても白く、手首の周りには傷跡が多く見られました。
私は目を凝らして、彼の掌を見ました。
ごく一般的な家庭で、平凡に育った青年。でも成人になる前くらいから、健康状態が芳しくなく、不規則な生活を送っている。金運に恵まれていて、望むものは向こうから舞い込んでくる。ロマンチストで感情的であるにも関わらず、非常に冷静沈着な面も兼ね備わっている。
彼が世界を変えるためには、今の情熱を失わないように、小さなものでも何らかの形にそれを留めていくこと。そして同じ志を持った人間を集めて、互いの夢を話し合うことを伝えました。
私は彼の生年月日を聞いて、さらに詳しい指針を彼に教えました。
この国では何も成し遂げられない事。東の方角へ行く事。水のある場所で、積極的に人に話し掛けること。変化はすぐに見られるものではないけれども、七年以内には結果が目に見えてくること。
彼は神妙な面持ちで、私の言葉を受け止めていました。そして占いを終えた後、彼は私に報酬の入った封筒を渡し、頭を下げて店から出て行きました。
あれから五年後。
今も私は、駅前通りから少し路地に入ったところで小さな占い屋を開いています。
ですが、五年前とは、かなり様子が変わりました。
日に二、三人だったお客様が、急に百人近く訪れるようになったのです。
不思議に思っていた私に、毎月尋ねてくれる常連のお客様がこのようになった理由を教えてくれました。
今年の初め、世界的に大きな影響力をもってる某軍事大国の国防長官に、初の日系アメリカ人が信任されました。政府公式ホームページに掲載されている今月の長官のコラムで、彼は「自分がこの国の国防長官に成れたのは、祖国で出会った一人の占い師のおかげでした」と言ったそうです。
私は大変驚きました。お客様の前だというのに、間抜けにも口を大きく開けてしまいました。
その日、店を閉めた後。私は深夜まで営業しているコンビニエンス・ストアで、一番分厚い新聞を購入しました。そして世界情勢の載っている面を開いて、某軍事大国の国防長官の顔を紙面で確認しました。
私は今までに何度も、紙面や液晶画面で国防長官の顔を拝見した事はありました。
しかしその長官と、五年前の彼が、結びつくとは全く思っていませんでした。
史上最年少の国防長官としてギネスに申請中の彼は、日本人としてはごくごくありふれた顔立ちの青年でした。
彼はインタビュアーに笑みを作り、質問に答えていました。
――インタビュアー:
今の世界情勢では、この国はまさに背水の陣……水際に立たされている等しい状況だけど。君はこれから、どのようにこの国を変えていくか具体的な指針はあるのかい?
――国防長官:
もちろん。何も考えないで、長官になったわけではないからね。任期中……そう、あと二年もしたら、きっとあっと驚くような事が起こるだろう。国民のみんなには、今は楽しみに待っていて、とだけ言っておくよ。】
これから二年後。
彼はどのように世界を変えるつもりなのか。
私は期待よりも不安が大きくて、眠れぬ日々が続いております。
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