夜の女
この星の男女の見分け方は実に簡単だ。女性だけ、頭の上からつま先まで黒い衣装を身にまとっている。地球のもので例えると、サテンのような光沢のある柔らかな素材。ゆったりとした布をまとった彼女らは、明るい昼の時間だと、どこにいるか一目瞭然だが。夜になれば、闇に紛れてしまう。そこに存在していても、存在していないように。
「この星の、夜の女には絶対に近づくなよ」
船長は上陸する前から、乗組員全員にそう命令していた。
物資を輸送する往路の途中、食料と燃料補給のために立ち寄った星。燃料タンクを満タンにする時間がかかるために、今宵は停泊する必要があった。
外出の禁止も、飲酒の禁止も無い。ただ、夜の女に近づくことだけ禁止。
自分を含めた若い乗組員は、初めて訪れた未開の地に浮かれていた。初めて食べるこの星の料理や酒を、何時間も大いに楽しんだ。
気付いたのだが、酒場に女性の姿は無かった。
酒を提供している方も、料理を作っている方も、それを食らっている方も、全員男だった。
お腹が満たされ、酔いも回った頃。
船に戻ろうと仲間たちと歩いていると、ひとりが、街灯の奥の暗がりに立っている女性を見つけた。
「酒、飯、とくれば。次は女だろ」
「おい、やめろよ。船長の言葉を忘れたのか?」
「お前らが黙ってればいい話だろ。見逃してくれよ」
一人が暗がりの中へ消えていく。
誰か一人が悪さをすれば、それに釣られて同じ行為をするものが現れるのは必然で。
自分と、自分と同じように船長に嘘を吐きたくない数名だけが、夜中に船へ戻った。
翌朝の出港時。
朝の点呼で、若い乗組員の姿が数人、消えていた。
「だから言ったのによう。しゃーない。行くぞ」
「船長、あいつらを置いていくんですか?」
「当然だ。俺の説得なんて、届きゃしねえよ。男社会で生きてきたお前らにはわからないと思うが、この星は女尊男卑が根付いている。一妻多夫制で、男性だけの奴隷制度もある。夜の女は、言うなればスカウトマンさ。直に肌を合わせて素質を見るんだ。こいつはこの星の資源、つまり奴隷になれるかどうか、というな。残念ながらそこから送り返される奴なんざ、俺は見たことも聞いたこともねえよ」
ああ、と若い仲間たちが嘆いた。
夜の女に誘われたあいつらは、もうこの星のものになってしまったのだ。
「船長、ただ夜の女に近づくなって言わないで、ちゃんと説明してくれていたら」
「バカだな。今までも何度も説明してきたが、そのたんびに、俺は大丈夫だからいってきます! っていうバカが絶えないんだよ。今回もまた乗組員が減っちまったなあ。ほんとに、参ったなあ」
困ったように鼻を掻く、船長の左手に黒いサテンのミサンガが巻かれていた。
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