もう一つの太陽ー第3話
「さ、樹里とエニィちゃんが待ってる。駅に戻ろう!」
「……は?」
「トロ、今日は花火大会の日だよ!」
お前のそのリュックの中には、一体いくつの厄介事が詰まってやがるんだ……。
太陽に焼かれたアスファルトから逆上せる様な熱が立ち上り、それでもそんなに悪い気がしないのは、物臭な自分を飽きもせずに振り回す廉太郎や、分かっていても諦めずにイラッとし続けている樹里、頓珍漢な方向から俺を見て、凄いなんて勘違いしている沢木が居るから。なんて、思ってみる。
「脳味噌、溶けそうだ……」
来る時は気付かなかったのに、駅までの大通りには浴衣姿の人達もいて、刻々と夕暮れを連れて来る風が少し涼しく感じられて、何だか街がざわめき出している様だ。
「おっそい!」
いつもの難癖、
「ゴメンゴメン」
軽佻浮薄な謝罪に、
「俺は約束してない」
いつものツッコミ。
「ふふっ、皆仲良しだなぁ」
新しく増えた方向音痴な笑い。
沢木は俺を見て、柔かく笑って見せた。
橘の一件で、眉間に皺をよせ息苦しそうにしていた顔が過って、その柔かい笑顔は全く別人のように見えた。
あの一件が片付いてから一ヶ月以上顔も見て無かったので、何となく視線をそらしてしまった。
紺地に白い花柄の古風な浴衣に紅色の帯が目を引く。
猫毛を上げて緩い後れ毛が項を這う様に落ちている。
今日は樹里も黒字に幾何柄の浴衣に山吹色の帯を締め、短い髪のサイドを編み込んで、いつもとは違う雰囲気を醸し出している。
「樹里、その髪型カワイイね!」
「ホント? エニィにやってもらったんだ」
……。口から砂が零れそうだ。廉太郎の饒舌さに脱帽だ。
「あんたも何か言いなさいよ! 上条!」
「……カワイイデスネー」
「っとに、イラッと来る男ねっ! 褒め言葉の一つや二つ覚えなさいよっ!」
「まぁまぁ、ジュリィ。そんなに暴れたら、浴衣が肌蹴ちゃうよ」
困った様に眉尻を下げて笑う沢木は、廉太郎の様な事を言って樹里を宥める。
芹沢女学園の裏手にある神社で毎年行われている花火大会。
花火が上がるのは線路を挟んだ川沿いらしいが、神社の近辺から川縁までテキヤが並ぶと言うのでその神社を目指して歩き出した。
「何だか、久しぶりに会うね、トロワ君」
「そうだな。あれから、何もないか?」
「うん、大丈夫だよ」
「また、何かあってるのに気付いてないとか、無いだろうな?」
「……だ、大丈夫……だよ?」
「……何でそこで、どもるんだよ」
「ほ、本当に、何にもないよっ! ちょっと、緊張してる、だけ……」
……緊張ですか。
ふと気が付くと、前を歩いていた廉太郎達の姿がもうそこには無かった。
「あいつら、どこ行きやがった? ちょっと目を離すとこれだからな、バカップルめ」
「さっき、神社目掛けて走って行ったよ。ジュリィが神社で売ってるカップル神籤やりたいって言ってたから、それ買いに行ったんじゃないかな?」
「さいですか……」
浴衣着て走るとは、さすが樹里。二人揃ってワンパクか。
「トロワ君はこう言うの苦手?」
「あー、人が多いのとか、騒々しいのは好きじゃ無いな。後、暑いのが壮絶に苦手だ」
「そっか、じゃあ無理に言って悪かったかな。ごめんね」
「別にお前が謝る事じゃないだろう? 廉太郎が俺を振り回すのは通常運転だ」
「わ、私が花火大会に行きたいって、言っちゃったから……」
自分の我儘でこうなっている、と言いたげな顔をしている。
まさか、そんなわけあるか。
どう転んでもこの花火大会が廉太郎の耳に入れば、俺はここにどんな手を使ってでも引き摺り出されたに違いないのだから。
「廉太郎と二人で来るよりは百倍マシだ」
「ふふっ、なら良かった」
何か喋るべきだろうか、なんて考えだしたら際限なく迷う気がした。
元々口下手な自分が、気を遣って喋るなんてスキルは持ち合わせておらず、でもただ黙って隣を歩いている沢木の旋毛がまた、俺の内心をざわつかせる。
「何で俺達には翼が無いと思う? って、聞いたよね……」
突然、そう切り出されて一瞬固まった。まさか、覚えているとは想定外だった。
「え、あ、あぁ……あれは……」
忘れてくれ、と言おうとした瞬間、俺を見上げた沢木は真剣な顔で口を開いた。
「考えてみたの、この一ヶ月」
「は?」
「何で翼が無いのか、考えてみたの」
「暇人か……」
「酷い。聞いたのはトロワ君だよ……」
「そうだけども……一ヶ月も考え続けるとか……」
そう言って、ちょっと口籠る。
俺、そう言えば十年考えてるんだった。
俺も暇人か。
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