火の無い所に立つ煙ー第5話

「で、犯人誰なわけ? 上条かみじょう

「は?」


 樹里じゅりの問いに、顎の螺子が外れるかと思った。


「あんたならもう、何となく予想とか付いてんじゃないの?」

「馬鹿言うな。俺は探偵じゃないんだ……。動機はともかく、その発火のトリックが解けない事には解決にならんだろ」

「んー、花火とか? ゴミ箱に鼠花火とか入れてあったら、ハデな音しそうじゃん?」

「樹里、どうやって触っても無いゴミ箱の中の花火に火が付くんだ……」

「だから、何か仕掛けがしてあったとか……」

「馬鹿だなぁ、樹里は。僕ならナトリウムを使うね」

「ナトリウム? あの水かけたら燃えるってヤツ?」


 樹里は何かを思い出すかのように上を見て、眉を潜める。


「そうそう!」

「お前も馬鹿か、廉太郎れんたろう。花火同様、水はどうすんだよ」

「仕掛けは簡単さ。ゴミ箱の底にナトリウムを入れて、水を入れた小さめのペットボトルの蓋を外してゴミ箱の中に立てておくんだ。エニィちゃんが打ち上げ後の音楽室を片付けてゴミを入れると、ゴミ箱の中でペットボトルが倒れてバーン! だ」

「却下だ」

「うん、却下ですね」


 俺の後に間髪入れずにそう切り込んだのは、意外にも沢木さわきだった。


「私は音楽室を片付けて、暫く先輩と話す時間がありました。発火したのは、先輩と話し出して暫く経ってからなんです。ナトリウムに水なんかかけたら、その場ですぐ発火しちゃいますから、廉太郎君の説はあり得ません」

「デスヨネー……」


 廉太郎もフワユルい沢木の的確なツッコミに驚いた様だ。


「それに、私が片付け始めた時、ゴミ箱の中は空っぽでしたよ?」

「……それ、マジか?」


 俺の問いに、キョトンとして「はい」と答える沢木だったが、それこそタネのないマジックと言う事になってしまうじゃないか。


「はっ! じゃあ、何で爆発したんですかね?」

「は? だから、今それを考えてるよな?」

「あ、そう……ですね……」


 沢木がジッと俺を見ている事に気付いた後、廉太郎と樹里も俺を見ている事に気付いた。


「な、何だ……?」

「いやぁ、何かいいコンビだなぁと思って」


 ニヤつく廉太郎の頬を平手で叩いてやりたくなるくらい、口元が緩いのが癪に障る。


「そうね。意外とあんた達、気が合いそうね」


 クソ真面目な顔してそんな事言う樹里は、多分本気でそう思っているのだろう。


「話を脱線させるな……。結局何も解決してないじゃないか……」

「バルサン……とか……?」


 そう呟いたのは、沢木だった。

 考え込む様に一点を見つめて、零れた言葉がGを撃退するかの有名な害虫駆除の薬品の名前というのが、実に似合わない。


「さ、沢木さん……一つ聞きたいんだが、消火後のゴミ箱にバルサンの残骸があったとか言わないよな?」

「無かったです」

「うん、じゃあ、却下だ」

「……ですね」

「あっは! 樹里からエニィちゃんは成績優秀、眉目秀麗、ハイスペック女子だって聞いて来たんだけど、大分煮詰まってるみたいだね」

「あはは……。私、意外と抜けてるんです」


 照れ臭そうに笑う沢木だが、樹里が成績優秀だと言ったのなら、この沢木縁は樹里より頭が良いと言う事になる。

 樹里は、女として色々欠けている残念な女子ではあるが、中学の時は上位十名に名を連ねる常連だったハズだ。

 高校に入ったからと言って、この武士の様に真面目な樹里が、急激に成績を落とすなんてあり得ない。

 その樹里より上となれば、相当に頭が良いと言える。


「学校の試験なんて、記憶でどうにかなりますよ」


 サラッとそう言う事を言うのは、成績上位者だけだ。

 記憶がままならない生徒もいる。特に俺の前に座ってる阿呆。


「エニィちゃん、カッコいい! 中間も近いし今度一緒に勉強会しようよ。四人でさ!」

「それ良いね、廉ちゃん、いっつも補習組だし……」


 俺は一人で勉強するから、と言うのを見計らった様に廉太郎が「決まり!」と話を打ち切る。

 こいつは俺の思考回路を先読みする厭らしい習性を持っていて、俺を弄る事で楽しんでいる節があるが、俺はそんな遊びに付き合うつもりはない。


「俺、パス。別に一人でも勉強出来るし……」

「ノリが悪い男ね! そんなだから、上条は女子に嫌われるのよ」

「別に好かれなくて良い」

「ほんっと、イラッと来る男ね!」


 樹里が言葉尻を強くすると、廉太郎が慣れた口調で「どうどう」と諌める。

 その様を楽しげに見ていた沢木が一瞬だけ、胃痛を堪える様に顔を歪ませ陰りを見せた。


 火曜日の放課後、告白の為に自分に会いに来た男がいて、そこでボヤが起きた。

 そこであらぬ噂が発生。しかもそれが知り合いの先輩の意中の男だと知ってしまったら、まぁ、気に病んでしまうもんなんだろうか。

 見るからに感受性が強そうでコロコロと表情を変える沢木は、顔を覆ったり、腕を組んだり、足を組んだりと言う「自分を隠す行動」を全く見せない。

 顔を赤くしても、その手は感情を抑えようと親指を握り込んではいるが、顔を隠したりはしない。

 最初は緊張していた様にも見えたが、背筋はずっと綺麗に伸びていて、後ろめたさの欠片も見えない綺麗な人間だ。

 なのに、何を気にしているのかが伝わってこない。


「沢木さん、一つ確認したい」

「はい?」

「沢木さんは、火曜日の放課後、鍵を借りて音楽室へ行った」

「はい。あ、でも……」

「何?」

「間違って生物室の鍵を持って来てしまって、もう一度鍵を取りに行きました」


 苦笑いで「ウッカリしてるんです」と付け加える。


「何で生物室の鍵と間違えたんだ?」

「生物室の鍵は音楽室の鍵と同じ白いキープレートが付いていて、多分それが音楽室の所に間違って掛けてあったんだと思います」


 用務員室に入ってすぐの特別棟の教室の鍵は、縦横にフックが並んでいて、教室の名前が書かれた所にその教室の鍵が掛けてある。

 音楽室の所に見慣れた白いキープレートが付いた鍵が掛かっていれば、間違える事はあり得るだろう。


「でもキヨシ君の話だと、火曜日に音楽室の鍵を借りに来た生徒はいないらしいんだけどなぁ」

「廉太郎、まずそのキヨシってのは誰だ?」

「用務員の先生」

「友達かっ!」

「キヨシ君、気が合うんだよね。歳の差半世紀あるけど」


 廉太郎いわく、その用務員のキヨシ君の話に寄れば、火曜日は沢木以外の生徒が音楽室の鍵を借りた記録が無いと言う。


「月曜日に打ち上げ、火曜日にボヤ、水曜日に噂……。空のゴミ箱、借りられてない鍵」


 冷静に、単純に、順番に……そして、極めて普通に並べてみると、犯人の思惑が見えて来る。

 これは単なる悪戯じゃない。計画的に実行されたと言う事が。


 爺ちゃんはいつも「真実は太陽、嘘は雨の様な物だ」と言っていた。

 眩しくて直視出来ない。強すぎると人は渇いてしまう。

 けれど、雲に隠れていようと、どんなに嘘の雨が蔓延していようと、必ず存在しているのが真実だ、と。

 そしてその真実は「人間が翼を失った理由」の謎を教えてくれるのだと、繰り返し教えられた。


 口元を隠して、額を人差し指で叩く。考え事をする時にいつも出る俺の癖。

 自分の考えている事を悟られたくない心理の表れか、元々自分の内面を知られるのが好きじゃない俺は、すぐ腕を組んで口元を隠してしまう癖がある。

 その様を他の三人が黙って見ている事に気付いて、居心地の悪さを感じる。


「何だ……みんなして見るな……」

「何か、分かったんですか?」


 不安げに俺を見る沢木が胸の前で握りしめる手は、やっぱり親指が握り込まれている。

 何をそんなに抑えようとしているのか。


「沢木さんが火曜日に音楽室にいる事を知っている人間は?」

「中森先輩と川端先輩、後、今川先輩も知ってます。後は……ジュリィと橘先生でしょうか」

「沢木さんは、川端に返事をしてないんだよな?」

「あ、はい。言う間が無くて……この二日、川端先輩は学校を休んでいるみたいで……」

「断るのか?」

「断ります」

「即答だな」

「迷う事ではありません」


 真摯なその姿を川端が見たら泣くんじゃなかろうか、と思えるほど凛としている。

 突然、辻褄の合わない事を言ってみたり、鍵を間違えて持って行ったりする割には、時々ハッキリとした物言いをする。

 見た目がユルフワな割に、一本の鋼鉄が背中に入っているのではないかと思わせる様な、強い眼差しを向けて来る。


 その辺りは樹里にも似ている様に見えるが、似ていて非なるとはこの事だろう。

 樹里の場合は骨全部が鉄パイプの割に中身が空洞で、廉太郎と言うある一定の方向から圧力を掛けるとボキッと折れてしまうのだ。


 沢木の背骨は、たった一本しかないが心臓を潰さない耐震性能に優れた絶対に折れない鋼鉄の様に思える。

 誰が何と言おうと曲がらない、そんな頑固さを思わせるのだ。

 例えそれが、親であろうと、恋人であろうと。


 その日、解散する前に沢木には川端を呼び出して返事をする際、それを観察させてくれと願い出た。

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