僕等が翼を失くした理由

篁 あれん

火の無い所に立つ煙ー第1話

 十年、解けない謎がある。


「人間の背中には翼の傷痕がある。何故、人間は翼を失ったのか? その答えが分かれば、真実がどんなものかお前にも分かる」


 心理学者だった爺ちゃんはそう言って笑った。

 小学校一年生の時、とあるキッカケで俺は「真実」を恐れる様になった。

 そんな俺に爺ちゃんはその言葉をくれたけど、俺は十年経ってもその謎が分からないままだ。

 高校に無事入学してそろそろ一ヶ月が経とうとしたゴールデンウィーク明け。

 休みボケが通常運転の浅沼廉太郎あさぬまれんたろうが、家族旅行の土産の様に厄介事を持ち込んで来る。


 幼稚園からの腐れ縁、面白い事なら何でも首を突っ込みたがる、頭から花が咲いている様な男だが、小柄で女子が好みそうな童顔の割に、たまに顔に似合わないえぐい事を聞き流す位のナチュラルさでサラッと言ってのける侮れない男だ。

 特別棟の最果てにある音楽室の前まで連れて来られ、A4紙に申し訳程度に嬲り書きされた「立ち入り禁止」の文字を無視して、三年の女子生徒が鍵を開けるのを黙って見ていた。


 円筒錠がコツと高い音を出して飛び出ると、老朽化の激しい建付けの悪そうな開き戸を開けて、彼女は中へ入る様に俺達を促す。


「あれが爆発したごみ箱だよ、トロ!」

「見ればわかる」


 少しへこんだ黒いスチール製のごみ箱が、情けなく首を傾げてヒッソリと教室の隅に佇んでいた。

 並んだ音楽家の肖像画は全員がこっちを見ている。

 後ろの方へと寄せられた机と椅子の群れ、ピアノだけが主役と言わんばかりに存在感を放っている。

 入って右手のグラウンド側の窓際は、楽譜が並んでいるせいか暗幕が締め切られていて、反対側の窓際からは裏門と教職員達の狭い駐車場が見えた。

 何の違和感もない音楽室だが、ゴミ箱周辺に残る消火器の白い粉の拭われた様な筋だけが、違和感を残していた。

 執拗に制服の袖を引っ張る廉太郎の腕を振り払うが、睨む俺の事なんかさして気にも留めない。

 そのメンタルの強さは、糠に釘、暖簾に腕押し、と言う類の物だ。


「昨日、ここであのゴミ箱から発火してボヤ騒ぎがあったの」


 肩で切り揃えられた黒髪、印象的な目元の泣き黒子。三年の中森と言う女子は、異常な程内股の足を交差して、腕を組み、俺を見た。


「はぁ……」

「原因を解明して欲しいの、上条瀞和かみじょうとろわ君だっけ?」

「お断りします」


 目を見てハッキリと、そう返す。


「なっ……」

「失礼します」


 ペコリ、と一礼し踵を返した。


「ちょっ……待ちなさいよっ!」


 彼女の声の後に、廉太郎が呼ぶ声が聞こえたが無視して階段を下りる。

 別に俺は探偵業を開業した覚えはない。

 足早に教室へと戻る俺の後をバタバタと廉太郎が追って来た。


「なーんで、やらないのさ? トロ」

「なーんで、やる必要があるんだ?」

「面白そうじゃん」

「全く。お前が自分でやれば良いだろう?」

「トロ、人には相場ってもんがあるだろ? 解決するのはトロの役目、僕はワトソン役で十分だ」

「お前、烏滸がましいにも程がある。ワトソン役が務まると思っているのか?」

「配役の問題でしょ」

「俺はホームズじゃない」


 カバンを取り、さっさと教室を出る。

 遠くからグラウンドで部活に励むヤツらの声が聞こえ、その熱量の高さに疑問さえ感じながら正門を出た。

 何を求めて一生懸命に自分を過酷に追い込むのか。俺には全く理解が出来ない。


「そう言えば、爆発した時あの音楽室には男女が二人、いたんだってさ」

「ふーん……」

「その男子生徒の方がさっきの中森先輩の友達で、連絡が取れないんだって」

「へぇ……」

「んで、中森先輩はうちの凜子りんこちゃんの後輩でね」

「……」


 厄介な。

 廉太郎の姉、凜子様が絡んで来るとなると、その彼氏である俺の兄、杏理あんりが裏に潜んでいる。これを粗雑に扱えば、後々さらに厄介な事になるだろう。


「あ、その顔は状況が飲み込めたって感じだね?」


 ニヤリと笑う廉太郎の顔に、本気でイラッとさせられる。


「どうせ解決するまで粘るんだろうが」

「だって、謎は解く為にあると思わない?」

「尤もらしい事を言う前に、材料集めてこい」

「分かってるよ、それじゃ」


 学校から五分とかからない俺の自宅の前から辻を奥へと入って行った所が廉太郎の自宅で、いつもそこで別れる。

 何が入っているのか、大袈裟に膨らんだ黄色いリュックを背負って軽快に歩く廉太郎の背中を見ていると、その大きなリュックの中に厄介事を毎日背負って学校へ来ているんじゃないかと疑いたくなる。

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