火の無い所に立つ煙ー第9話

「でも、一歩間違えばエニィの手の中で爆発したかもしれないんでしょ?」

中森なかもりは相当な自信家だ。そんなヘマしない自信があったはずだ。仕掛けてから爆発するまでの綿密な計算をした上で、実行に及んだ。完璧主義なんだろう」


 一度しか会ってないが、あの不遜な態度や立ち姿だけでも、その自信に満ちた内面は駄々漏れていた。

 こうして彼女が犯人だと推察しながらも、結局は状況証拠に過ぎず、物的証拠と言える物が一つも存在しない事を考えたら、彼女は糾弾された所で白を切り通せると踏んでいた、と考えられる。


 もし証拠が残っているとしたら、多分アレしかない。

 だが、それを俺は口に出さなかった。

 証拠を掴んで中森を糾弾した所で、起こってしまった事はもうどうしようもない。 

 沢木さわきが傷ついてしまう事が分かっているのに、わざわざ雲を晴らして太陽を出す必要は無い。


「でも、そんな変な噂を流してエニィちゃんを晒し者にするのはダメだよねぇ」

廉太郎れんたろう、お前、何考えてるんだ? この件に関して証拠はない。中森を問い詰めたところで勝ち目はないぞ」

「でも、制裁は必要だ。そう思わない?」


 ニヤニヤと悪い顔で笑う廉太郎を見て、樹里じゅりも「そうよ、そうよ」と乗り気だ。二人揃って、真っ向勝負で挑まなければ気が済まないタイプだ。


「お前ら……ホント、暑苦しいよ……」


 畳の上に大の字に引っ繰り返って、それ以降の話を聞かぬふりをする。


「ねぇ、樹里。学校で一番目立つところって、何処かな?」

「目立つ所? そうねぇ、中庭とかじゃない? 廉ちゃん何か思いついたの?」

「うん、ちょっとね。中庭かぁ、ソレは良いね」

「廉ちゃん、知ってる? 中庭にある桜の木、あそこ告白名所らしいわよ」

「あ、それ私も聞いた! あそこで愛を誓ったカップルは別れないとか……」


 んな、馬鹿な……。

 学校あるあるだろうが、それを真に受けるヤツがいるならお目に掛かりたいもんだ。


「上条、あんたあからさまに呆れてんじゃないわよ」

「別に……。何も言ってないだろ……」

「下らない、って顔に書いてあんのよっ!」

「お前の彼氏だって、そんな迷信信じないと思うぞ?」


 俺は肘を付いて寝返りを打ち、廉太郎を指した。


「僕は迷信だとしても、樹里が望むなら誓っても良いよ?」


 ……だから、お前は何処でそう言う科白を覚えて来るんだ。

 そして、その廉太郎の言葉に聞き惚れる女子二名。

 ぞわっとした何かが、背筋を下から這い上がった。


「風邪ひきそうだ……」

「馬鹿なのに?」

「喧しい」


 樹里は成績で負けた事が無いので、その手の話の突込みは早い。


 翌日、いつもより少し早めに出て音楽室の前まで来た。

 我ながら、やらないと言ったのに一人でこんな所に来る辺り、人が良過ぎる気がしてならない。

 でも、中森が俺達に原因解明を依頼して来た「事実」だけが、どうしても頭から離れない。

 これを放置するのは、良くない気がしてならなかった。

 まだ人気のない学校の最果ての辺境の地は、静かで誰もいない。

 勿論それが狙いで来た訳だが、俺は徐にドアノブを叩いた。


「ビンゴ……」


 老朽化した音楽室の円筒錠。

 ドアノブを強めに何度か叩くと、コツと鍵が開いてしまった。

 これなら、鍵を借りなくても誰でも入れてしまう。


「でもじゃあ、何故鍵を入れ替える必要があった……?」

「何でだと思う?」

「……」


 背後にいたのは中森だった。

 自信のありそうな顔に、綺麗に整えられた黒髪。

 壁にもたれる様に体を預けた細身の彼女は、内股の足を交差し、涼やかな目元は今日も俺を挑戦的に睨んでいる。

 まだ、朝練しているヤツらくらいしか学校には来てないこの時間帯に、まさか当事者がご登場なさるとは、想定外だ。


「凜子先輩の言う通りね。廉太郎君に頼めば、もれなく君が付いて来て、どんなに君が断っても廉太郎君が君を逃してはくれない」

「……」


 ペコリと頭を下げて、踊り場の方へと踵を返すと、後ろから「真実が分かると良いわね」と言う彼女の声が背中にぶつかった。


 来た時より騒がしい気がする校内を黙々と俯いたまま用務員室へと向かう。

 まだ来たばかりのキヨシ君に頼んで、鍵の貸し出しノートを見せて貰った。

 火曜日の音楽室の鍵は確かに沢木しか借りていない。

 だが、そのひとつ前の欄に「五月 十五時」と書かれて生物室の鍵が借りられていた。


 沢木が音楽室の鍵を借りたのは十五時三十五分の記録となっている。

 俺はキヨシ君にそのサツキと言う生徒の事を覚えていないか聞いてみたが、丁度、ワイドショーで先日あった連続殺人犯逮捕のニュースをやっていて、生徒の顔も見てないと言う。

 職務怠慢だろ……。ノートを返して礼を言うと、教室へと向かった。


「五月……そいつが間違えて鍵を音楽室の所に掛けたのか……?」

 

 正門入口から昇降口の左手階段を螺旋状に上がると、その左手に渡り廊下、右手にAから順番にF組までの教室が並ぶ。

 一番近いAクラスが俺と廉太郎のクラスで、樹里と沢木は特進なのでDクラスだ。あんな遠い教室まで毎日歩かされるなんて、ごめんだ。

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