火の無い所に立つ煙ー第8話
ノートの切れ端に「俺は犯人を知っている」とだけ書いて、先生にバレない様に生徒全員に回したのだ。
作戦は見事成功し、犯人である相馬君はたった一行の脅迫文にクラス全員の前で泣き出してしまった。
そしてそれ以降、
その後、俺は優等生で人気者だった相馬君を取り巻いていた女子から嫌われる事となり、ある日、その女子達の聞こえよがしな悪口に
「泥棒を庇って、犯人を捕まえたヒーローを苛めるなんて、君達頭大丈夫?」
今より更に可愛らしく甘い顔立ちで、笑顔で放たれたその言葉に、女子は返す言葉も無かった。
ヘラヘラとして当たり障りなく、集団の中心に居る様な、そんな男だと思っていた廉太郎は、それ以来厄介事を握り締めては俺の周りをうろつく様になったのだ。
廉太郎の言葉は正論だった。
だけど、俺のやり方のせいで相馬君の明日が変わった事は確かで、中学二年の時風の噂で聞いた。
――――相馬君、自殺したらしいよ。
小学校以来、引っ越したとか、引き籠って学校に行ってない、なんて言う話はチラホラ聞いていたが、その話を聞いた時は流石に耳を疑った。
あれから七年も経っているのだから、自分のあの行為は関係ないと思いたい……。
でも、最初の歯車が噛み合わなくなったのは、きっとあの日の俺の脅迫文のせいだ。
真実は太陽、強すぎれば人は枯れる――――。
「
「あ、いや……何でも無い」
「犯人が分かった、って事はトリックも大方解けたんだろ?」
廉太郎は俺の気などお構いなしに、真実を知りたがる。
「……ドライアイスだろうな、多分」
「ドライアイス?」
沢木が首を傾げて、次の言葉を待っている。猫毛が頬に掛かって、それを耳に掛ける細い指先に、一瞬視線を奪われて、慌てて逸らした。
「多分、散らかったゴミの中にビニールに入ったドライアイスが置かれていたんじゃないかと、思う……。それを拾ってゴミ箱に入れた、だからゴミ箱の中で爆発した」
「なるほどー……って、でもそれ、かなり危なくない?」
廉太郎は俺が敢えて口に出さなかった事を、空気も読まずに掘り下げて来る。
こいつは、曲がった事やズルい事を許さない質だ。
俺が曖昧にしようとしている事を、察して流す気はサラサラない。
「運が悪ければ、手の中で爆発しただろうな……」
そう、だからこそもし中森が犯人だとしたら、本当に標的が川端だったのか? と疑いたくなる。本当の狙いは、
「じゃあ、犯人は
「いや、そこまで考えたかどうか俺には分からんが……その可能性はあった、って事だ」
ただ俺の目が正しいとしたなら、
何故、敢えて自分の犯した罪を暴けと言って来たのか――――。
他の疑問は偶然で片付くが、その疑問だけは中森の意思が働いている以上偶然では払拭できない。
「目的は私……?」
独り言の様に零した沢木が、少し俯いて項垂れる。
他人から良く思われていない、と言う事実はどんな形であれ感情を刺激するだろう。
特に沢木の様な感情型の人間にはダメージも大きいだろうし、中森にそのつもりが無かったと説明出来るだけの材料を俺は持っていない。
「俺が思うには、なんだが……」
前置きして、短く息を吐いた。
沢木は懇願する様な目で、でも何も求めていない様な目で俺を見る。
話しても大丈夫か、慎重に言葉を選べ、と自分の中で誰かが問質す。
「多分、犯人は川端のトラウマを知ってる奴で、沢木に対するストーカー行為を知っている。だから、あの噂を流す事が目的だったんだと思う」
「あの噂って、エニィちゃんと川端先輩が抱き合ってたって言う、あの噂の事?」
廉太郎が不思議そうな目でこっちを見る。
「あぁ、あの噂が流れたら、沢木が全力で否定するだろう? それを川端に聞かせる事が目的だったんじゃないかと、俺は思ってる」
「何の為にそんな回りくどい事を……?」
直球しか武器を持たない樹里は、真剣に分からないと言う顔で俺を見た。
まるで、あんた馬鹿なの? と言いたげな顔だ。
「樹里、もし廉太郎が他の女をストーカーしていたら……どうする?」
「殴ってでも止めさせる」
……そう来たか。流石空手の有段者、話し合うより拳の方が早い。
「お前に聞いた俺が間違ってたよ……」
「じゃあ、容疑者は中森先輩か、
廉太郎のその言葉に、俺は溜息交じりに横に首を振った。
「今川の線はあり得ない。俺が川端なら、今川にだけは告白する事を知られたくは無かったハズだ。火曜日に音楽室で告白する、なんて今川に知れたら、それこそ何を吹聴されるか分からんだろう?」
火曜日に川端が音楽室に行く事を知らなければ、トリック自体を仕掛ける事が出来ない。
「じゃあ中森先輩が犯人?」
樹里は納得いかない、と言う顔でそう聞き返す。
「推察からするに、それしか答えが出ない」
俺のその言葉を聞いた沢木が、立ち上がり踵を返すと同時に「中森先輩と話して来ます!」と家を飛び出す勢いだ。
「いやいや、ちょっと待て! お前が行けば、ややこしくなるだけだ」
「でも、こんなやり方、川端先輩が可哀相です!」
さっきまで川端が怖くて震えていたのに、今度は川端の為に中森を糾弾しようとする沢木は、俺を睨む様に見ていた。
「はぁ……。ちょっと、落ち着けって……」
「あ……すいません……」
「多分、中森は川端の目を覚まさせたかったんだ。あんたに執着する川端に外野が何を言っても無駄だったんだろう。あんた自身に否定させる為に、あの状況を作り出した。そして多分、音楽室で騒ぎが起きれば隣の美術室にいる今川が噂を流す事も、中森の計算の内だったのさ」
「中森先輩が今回の事を依頼して来た理由は、どう説明するんだい? トロ」
「……こいつを守る壁を作る為、じゃないかと俺は考えてる」
「エニィを守る壁? どう言う事よ、上条。分かる様に言いなさいよ!」
「わ、分かったから少し落ち着けって! もし、俺達がこの件を調べなければ、川端がストーカーである事は誰も知らなかったよな? 寧ろ本人でさえ気付いてないんだ。だから中森は、それを俺達に知らせたかったんじゃないかって、思う」
この理由でこいつらが納得するかどうかは賭けだった。
でも、これ以上掘り下げて真実足らしめた所で、良い事は何もない。
そう思った。
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