火の無い所に立つ煙ー第10話

 教室の前で、廉太郎れんたろうが「宣伝部長」とあだ名される、噂好きな口の軽い女子を捕まえて話しているのが見えた。


「あ、トロ! おはよ!」

「おー」


 宣伝部長は相沢あいざわと言う同じクラスの女子だが、俺はあの手の女が一番苦手で、話した事も無い。

 相沢も俺を苦手としているのが、その視線の逸れ方と眉根を見れば一目瞭然だ。


「お前、相沢と何話してたんだ?」

「ん? ちょっと仕事を頼んだだけだよ」

「仕事?」


 訝しんだ俺をキョトンとした顔で交わす辺り、何か企んでいる事は明白だった。

 廉太郎がこの顔をする時は、大抵面倒な事が起きる。


「お前、何するつもりなんだ?」

「別に?」

「嘘つけ」


 釈然としない顔の俺をチラリと見て、楽しそうに笑った廉太郎は「目には目をってヤツね」と得意気な顔をして、教室へと入って行く。


「目には目を……?」


 ドライアイスでも使って、悪戯でもするつもりなのか。

 まぁ、俺の知った事ではないし、こういうのは関わらないのが身の為。

 過去の経験上、巻き込まれるのが妥当な線だ。


「あ、廉太郎、お前この学校でサツキって言うヤツ知ってるか?」

「サツキ? んー、いや、聞いた事無いね」

「そうか……」

「何? その人がどうかしたの?」

「いや、何でもない……って、お前何ニヤついてる……気色悪い」

「いやー、トロが他人に興味持つなんて意外だと思ってさ? あ、僕ちょっと行くとこあるから、じゃーね!」


 ニヤニヤと笑う廉太郎を片手で追い払って席に着くと、中森の言葉がふと過った。


 ――――真実が分かると良いわね。


 あいつは犯人じゃないのか? それとも、俺に挑戦しているつもりなのか? でも、何の為に? どうでも良いが、何故俺はこんなにこの件に深入りする羽目になっているんだ。

 朝から音楽室まで行って調べるなんて、俺らしく無いにも程がある。

 だがしかし、釈然としない、放置出来ない不安が付きまとって仕方がない。


 午後の授業中、ついウッカリ転寝しそうになりながら、窓の外を見て今回の事件の残った謎を考えていた。

 沢木の手前、中森が「ストーカー行為を公にする為に俺達に原因解明を依頼した」と言うのは、ハッキリ言って俺が作った付け焼刃の真実だ。

 あの場で誰かが異論を唱えたら、俺には切り返す自信は無かった。

 だって、普通に考えろ。


「川端が沢木をストーカーしている」


 それを沢木の周りで言い触らすなり、それこそ噂にしてしまって広めれば良いだけの話だ。

 あんな回りくどい事をする必要はハッキリ言ってない。

 中森の本当の目的は、一体何だ……。


「かーみーじょー! 聞いてんのか、コラ!」

「あ、すいません。聞いてませんでした」

「ボサッとするな、授業中だぞ!」


 すいません、と形ばかりの謝罪をしてまた窓の外を見やる。

 梅雨前の湿度の高い青空は、何処までも瑞々しく眩しくて、目を細める。

 薄く広がる真実の光は、個体と言うよりは気体の様に空に広がっていて、実体の無いその姿に、またあの爺ちゃんの言葉を思い出す。

 人間が翼を失った理由は何だ……?

 斜め前に座る廉太郎が、コッソリこちらを振り返って、ニヤニヤ笑ってノートを見せた。

 乱雑に書かれたその一言に、無言の侮蔑をくれてやる。

 

 何が、恋煩い? だ。


 放課後、廉太郎に渡り廊下で待つ様に言われて、教室から遠くない事に免じて渡り廊下へと足を運んだ。

 教室から出たすぐの所に、渡り廊下の入口がある。

 そこは二十五メートル程の特別棟への通路で、無駄に広い廊下に屋根が付いた通路だ。

 ちょうど真ん中に大き目の半窓が一つ取りつけられていて、等間隔に三か所、窓がある。

 真ん中の窓の辺りに、見覚えのある姿があった。


「あ、トロワ君」

「よぉ……廉太郎は?」


 そこに居たのはにこやかに笑う沢木縁だった。

 開け放たれた窓枠に両手を掛けて、外をキョロキョロと見ている姿が、走行中の車窓を大人しく眺める小型犬の様に見える。


「廉太郎君はジュリィと約束があるって、どっかに行っちゃった」

「あ、そう……」


 嫌な予感しかしない。

 あの二人が何かを企んで、俺が巻き込まれなかった試しがない。

 帰るか否か、迷った一瞬に「あ!」と沢木が声を上げた。


「何だ?」


 窓の外は特別棟と本棟とそれを繋ぐ渡り廊下でコの字に囲われた中庭で、昨日樹里が話していた「永遠の愛が誓える桜」が苔むした体に青葉を揺らしている。


「あれって、中森先輩?」

「みたいだな……」


 周りを見ても、何か仕掛けがある様には見えなかったが、件の桜の木の下で誰かを待っている様な中森は、本棟から出て来た人影を見つけて振り返った。


「あれは……川端じゃないか……」


 川端の姿を確認して、廉太郎が何をしようとしているのかに思い当たり、周りを見渡してみると、窓際には告白を見物している生徒達が野次馬を作っていた。

 今朝、廉太郎が言っていたはこれだったのだ。

 廉太郎は相沢部長の宣伝能力を利用し「今日先輩が告白するんだけど、場所は何処が良いと思うか?」なんて白々しく聞いたのだろう。

 あの噂を知っている女子なら当然の如くあの桜の木の下を指定し、今日の放課後、告白と言う大イベントがある事を相沢宣伝部長とその部下たちが音速の如く号外で流してくれる。


「また、下らんことを……」

「トロワ君……川端先輩、中森先輩の気持ちに応えられたのかな?」


 そんなわけあるか。天然め。


「あれは多分、廉太郎が双方を別の用事で呼び出しただけだろうよ。当の本人達は、告白している訳じゃ無い。ただ、あの桜の下に男女が居ると言う視覚情報だけで、告白している様に錯覚させる事は可能だ」

「……そっか。でも、何で廉太郎君はそんな事を?」


 大きな栗色の瞳が、ジッと俺を見る。

 目には目を、廉太郎がやりたかったのは噂の的にされた沢木縁と同じ状況を中森に作り出す事。


「これがあいつの言う制裁なんだろうな」

「……廉太郎君は、優しいんだね」


 うん、噛み合ってねぇな。……どう考えたら、そうなったんだ?

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