火の無い所に立つ煙ー第11話

「えーっと……俺、帰るわ」

「あ、うん……」


 ――――……ロォー、おーい……


「ねぇ、トロワ君、誰か呼んでない?」

「んー?」


 ――――トロォ!


 窓から身を乗り出して声のする方へと顔を向けると、特別棟の三階、美術室の窓枠に大手を振っている廉太郎れんたろうが見える。


「あ、廉太郎君だ」


 手を振りかえす沢木に、全方位から異様な視線を感じて、俺は固まった。


「ちょ、マジかよ!」


 俺は沢木さわきを窓枠の下に押し込める様にしゃがませ、自分も座り込む。

 廉太郎の声に身を乗り出した俺と沢木は、告白現場を一目見ようと集っていた野次馬の視線を一斉に浴びたのだ。そして、川端かわばたも見ただろう。

 一瞬、こっちを見た中森なかもりが薄らと笑っていた様にも見えた気がした。

 事実なんてどうでも良い。

 視覚情報と相沢率いる宣伝部に、美術室に居る所を見れば今川いまがわも利用されたに違いない。これが廉太郎の本当の「制裁」だ。


「え? え? 何……?」


 至近距離でジッと俺を見る沢木から、慌てて視線を逸らす。


「廉太郎にしてやられたんだよ! このままズラかるぞ」

「えっ、あ、はいっ!」


 教室の方へ沢木を走らせ、猛烈ダッシュで反対方向の特別棟へ逃げる。


 頭悪い癖に、こう言う事になると知恵を絞って来る。

 大体、何で俺がいつも巻き込まれなきゃならんのだ!

 特別棟の三階、美術室の前まで来ると、俺が来る事もお見通しと言わんばかりに廉太郎が待っていた。


「なかなか楽しいイベントだっただろ? トロ」

「バッカか、お前は! あれじゃ、あいつがまた噂の的じゃねぇか!」

「川端と噂になるよりよっぽど良いでしょ。牽制にもなるし」


 あっけらかんと、そう言い放った廉太郎は得意気に言葉を続ける。


沢木縁さわきえにし上条瀞和かみじょうとろわと付き合っている、って事にしておけば川端も不用意に近付けないし、何かあっても直ぐ耳に入るだろう? 因みに宣伝部長もご観覧だったはずだよ。まぁ、中森と川端は別の噂が立つだろうし、一件落着だ!」

「何が一件落着だ! 俺は帰る!」

「あ、僕も帰るよ。正門のとこで樹里とエニィちゃんが待ってる」

「……勘弁しろよ」


 項垂れる俺の事なんかお構いなしとばかりに、ご満悦な廉太郎が聞き取れないくらい小さな声で呟いた。


「傷つける真実と、守る嘘は、どっちが正義なのかな……」

「はぁ?」

「トロはまだ、あの、相馬そうま君の事を気にしているんだろ?」


 一瞬、耳を疑った。

 こいつは、浅沼廉太郎あさぬまれんたろうと言う男はいつだって空気は読まないが、その名前だけは今まで口に出した事は無かった。

 俺にとっての鬼門だと、理解しているのだと思っていた。


「別に……」

「トロが人前で喋らなくなって、その洞察力も推理力も鈍ってはいないのに、真実を自ら喋ることは無い。それは、相馬君の事があったからだろ?」

「お前の考えすぎだろ……」

「僕は、ガキの頃からお前の凄さを誰かに知って欲しいってずっと思ってるよ。トロのカッコよさは、僕が一番知ってんだから」


 女相手じゃ無くても、稀にこう言う真っ向勝負をしてくる。

 褒められ慣れてない俺はこういう時、返す言葉が見付からなくて黙るしかない。

 いつだって能天気な阿呆で居れば良いものを……。


「ね、熱でもあんじゃねぇのか。阿呆が……」


 いつも嘘くさい位笑っている廉太郎が見せた不器用に歪んだ笑顔を、あの時以来久しぶりに見た気がした。

 相馬君が自殺した、と言う噂を聞いた日以来だ。

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