白い謎ー第7話
昔から樹里を泣かすのは決まって廉太郎で、樹里は廉太郎の事になると酷く脆い所がある。
責められるとポキリと折れてこの世の終わりの様な顔をする。
いや、終わらないけどね。
「あー……、ちょっとこっち来い」
前を歩く二人が気にはなったが、脇道に樹里を引っ張り込んで座らせた。
「そのまま他人の家に行けねぇだろう……」
面識のない初めて会う人間の家に、泣きっ面の女子を連れて行くわけには行かない。
さて、どうしたもんか……。
「何してるのさ?」
付いて来てない事に気付いた廉太郎が、あからさまに不機嫌な顔をして立っていた。
「見ての通りだよ」
俺は悪びれも無く樹里を差して言ってやった。
「自分が悪いのに泣くとか卑怯だよね」
冷静に正論をぶちかまして来るのは昔から変わらない。
そうは言っても、過ぎた事に腹を立てて話もしないんじゃどうしようもない。
「お前はこうなる事が分かっていたのに、話もしなかったんだろ?」
「黙ってたのは樹里だ。何で僕だけが誠意を見せる必要があるのさ?」
「質問に質問で返して来るな。ウザイ」
「トロには関係ない事だよ」
「関係ないなら俺を巻き込むな」
「誰も関与してくれとは言ってない」
いつもの事だ。廉太郎が怒った時は俺が相手をする事になる。
折れてしまった樹里は口の達者な廉太郎に太刀打ちなど到底出来ない。
「関与して欲しく無けりゃ自分でどうにかしたらどうだ? それとも、別れるつもりだからどうでも良いのか?」
お前にだって、隠し事の一つや二つあるんだろ。そう言い含めた一言だ。
「なっ……。誰もそんな事は言ってないだろっ!」
「なら、話を聞かないお前のスタンスはどうなんだ? 泣くまで放置して、あぁ、泣かしたかったのか……自分の為に泣く樹里を見て、安心したかった?」
「煩い! 分かった風な事言うなっ!」
「俺には分からん。だが、一つだけ言えるのはこのままじゃ凜子さんとの約束が守れないって事だけだ」
「……チッ」
「三十分だけ待ってやる。そこの先にある喫茶店で待っててやるから、和解するなり別れるなり話を付けろ。三十分経っても戻らない様なら、松平邸には俺とあいつだけで行く」
脇道から出た所でオロオロした沢木が、また胸の前で親指を握り込んで手を握りしめている。
「悪いな。ちょっと喫茶店で時間を潰そう」
「はい……」
ジュリィの事が気になっている沢木は、振り返りつつも俺の後に付いて来る。
多分沢木はこの件を樹里から聞いて知っていた。
その前には廉太郎と他校の女子生徒を目撃し、その事を樹里には言えずにいた。
だから、あんなに赤面してでも樹里の頼みを聞いて俺達の教室まで来たのだろう。
これ以上、樹里が傷つかない様に、真っ直ぐな沢木はそうするしかなかった。
個人経営の小さな喫茶店は良い感じに年老いていて、扉を開けるとガタンと派手な音がした。
席に着いて、アイスコーヒーを二つ頼んで、盛大な溜息を吐きながらソファ席の背凭れに項垂れる。
「大丈夫……かな……? あの二人……」
自分の事の様に不安な顔をしている。
「大丈夫だろ。十年一緒にいるんだ。あぁー……疲れた」
「ふふっ、そか……。トロワ君がそう言うなら、安心だ……」
「なんだそりゃ」
古びた出窓の外に視線をやる沢木は、少し肩の力が抜けている様に見える。
そんなに信用されても困るが、俺も十年以上あいつらとつるんでいる身の上だから、言った事に誤算があるとは思ってない。
ただ……三十分で解決するかどうかは約束出来ない。
「しかし、何であいつは黙ってたんだ……。バレた時の事を想定して無かったのか?」
「ジュリィは……」
口籠って、お冷のガラス製のコップを両手で包む様に持った沢木は、その水の表面に笑い掛ける様に口角を上げた。
「廉太郎君が心配すると思ったんだと思う……」
「心配?」
「生徒会長の斉藤さんは……その、女の子に手が早いので有名な人だから……」
「あぁ……そゆこと……」
にしても、あの樹里に手を出そうとするとは、斉藤はよほどの雑食と言っても良い。
「ジュリィは美人だし、生徒会でも仕事が出来るって評判なんだ。同じ生徒会だし、一緒にいる時間も多いでしょ? だから……」
「あいつが美人かどうかは知らんが、言わんとする事は分かったよ」
頼んだアイスコーヒーが来て、俺はそれを半分くらい一気に飲んだ。
廉太郎と喧嘩したのは何年振りだろうか。
感情的になったあいつを言い包めて樹里と話をさせる。
そう言う役回りを長年熟して来て、ツボは心得ているが、言い合いをするというのは兎角疲れる。
「さっきのトロワ君、カッコ良かったですよ?」
「……世辞は要らん」
「あぁ、廉太郎君は泣かせたかったのかぁって、納得した」
「それがあいつの本心かどうかは定かじゃないがな」
いや、間違いなくそうだろうが、ここは乗りかかった舟で廉太郎の男のプライドを守っておいてやる。
廉太郎は動物的感覚の持ち主で、思考より感情で生きている。
その直感は他人の好意を自分に向けさせる事に優れ、あいつは基本誰にでも好かれる質だ。
だから樹里にとって自分が特別である事を認識している。
普段泣かない樹里が自分の事になると涙脆くなる事も、無意識に知っているのだ。
好きな子を苛めて泣かす、典型だ。
「でもきっと、廉太郎君も不安だったって事だよね?」
「かもな……。俺には分からん」
掠れた窓から入る光は、どんよりと重い雲の灰色を含んだように視界を曇らせる。
白い肌にその影のような光が差して、沢木の横顔は何処か憂いている様にも見えて来る。
入り口付近に掛けられた古い絡繰り時計が丁度三十分の経過を差して、俺はオーダー表とテーブルに置かれているビニール袋に個包装されたオシボリを数枚ポケットに入れて、立ち上がった。
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