白い謎ー第2話

 黄色いリュックに面倒事を詰め込んだ廉太郎れんたろうが「帰ろう!」と意気揚々俺の前に立つ。

 この猛暑の中、毎日元気溌剌なこの男から発せられている熱量は、余計に暑苦しい。


「廉太郎……お前、何かあったのか?」


 様子はいつもと変わらないが、あの女子高の生徒の事は俺にも何一つ言わない。

 告白されていた風でも無ければ、どちらかと言うと廉太郎が告白していたように見える光景だった。


「別に。あ、今日、僕んちに遊びに来ない?」

「……断る」

凜子りんこちゃんがトロワ君に話したい事があるのー、だってさ」

「……」


 浅沼家で唯一まともに見える凜子様だが、その眩しい笑顔で廉太郎も妹の蘭子らんこも従える女王様が、俺に話しがあると……。

 そして、一番厄介なのは凜子様の彼氏が実兄の杏理あんりである事だ。

 渋々承諾し、昇降口まで降りると樹里と沢木が待っていた。


「おっそい!」


 いつもの科白。


「ごめんごめん」


 軽佻浮薄な謝罪。


「……お前達は、何してんだ?」


 他人事の様な質問に、


「事件ですよ、トロワ君!」


 意外な所から重い一発をぶち込まれて、俺、瀕死。


 このクソ暑い中「事件」と言う重いド直球ストレートを無邪気にぶち込まれて、帰りたくて仕方がない。

 何が悲しくて面倒事を引き受けにわざわざ出向かねばならん。

 大抵、凜子様が俺を呼ぶ時は「面倒事」と決まっている。

 そして、それを断れば兄がしつこく付きまとう。

 その連係プレイで俺は安穏とした日常を脅かされるのだ。


「チッ、杏理に言えば良いのに……」

「アンリ?」


 俺の独り言を拾ったのは沢木だった。


「俺の兄貴だよ。廉太郎の姉貴と付き合ってんだ」

「そうなんだ……。凄い、じゃあ、将来は廉太郎君と義兄弟になるかもだね?」

「止めてくれ……冗談にならねぇから」


 少し前を歩く身長差の無い廉太郎と樹里じゅりの背中を見て、もう一つの恐ろしい可能性に身震いする。

 その俺を見て、良い事を思い付いた、とでも言わんばかりに沢木は俺を見た。


「あ、そっか! あの二人が結婚したら……」

「……いやもう、カオスだろ」


 項垂れた俺に、楽しそうに笑う沢木が悪魔に見える。


 廉太郎の自宅は、俺の家の前から辻を曲がって入って行った所にある。

 自宅の前を通り過ぎる時、どれだけ踵を返そうかと葛藤したか知れない。

 こんな夏空の下、ゾロゾロと徒党を組んで面倒事に向かって歩く。

 意味不明も良い所だ。

 その上、先日見た廉太郎の謎の行動も、問い質すか否か迷いながらまだ聞き出せてはいない。

 沢木は多分、樹里に多少の後ろめたさを感じている事だろう。


「たっだいまー」


 陽気なこの家の長男廉太郎の帰還に、玄関へ走り出して来たのは中二になる妹蘭子らんこだ。


「おっかえりー、トロ君!」

「……蘭子ちゃん、お兄ちゃんの事見えてる?」

「お兄ちゃんなんか、どうでも良い」

「お……お邪魔します……」

「トロ君、こっち来て!」


 蘭子は廉太郎を更に強化した様な得体の知れない生き物だ。

 何故か小さい時から俺に懐いている。

 だからと言って、俺は態度を変えるわけではないのだが。


「離せ、纏わり付くな」

「ちょっと、上条かみじょう。女の子にそんな言い方しないの!」


 樹里は本気で睨んでいるが、正直ベタベタと纏わり付く蘭子が昔から苦手なのだ。 

 廉太郎の妹と言う若干の建前上、振り払う事は出来るだけしない様にしているが……。


「お邪魔します」


 沢木の声に気付いた蘭子が、驚いた顔で振り返る。


「蘭子ちゃん、トロの彼女の沢木縁さわきえにしちゃんだよ」


 ニヤニヤと廉太郎がこの後の反応を心待ちにしている。


「うそっ! そんなの聞いて無い!」


 蘭子は沢木に食って掛かる勢いだが、迷惑しているのは沢木の方だった。


「あ、いや……私は……その……」

「お兄ちゃん、嘘でしょ? トロ君に彼女なんて出来る訳ない!」


 兄妹揃って大概失礼な浅沼家だ。


「俺に彼女が出来ようが出来まいが、お前に関係ない」


 掴まれていた腕を一応振り払わずに、右手でそっと外した。


「あ、あの……」


 沢木が否定して良いものかどうかを、真剣に悩んでいるのは分かっているのだが、ここは蘭子が思い込んでくれた方が、俺としては有難い状況だ。


「沢木、良いから気にするな」

「えっと……?」

「廉太郎、後で覚えとけよ」

「何が? あぁ、褒めてくれるの。ナイスアシストだったでしょ?」

「みんな、来てくれたのね」


 ダイニングから顔を出した凜子さんは、相変わらず腹の底の見えない眩しい笑顔だ。

 童顔に清楚感のある佇まい、下の二人とは構成されている物質が明らかに違う、気がする。

 今年地元大学に入ったばかりの、浅沼家で唯一まともに見える人種。


瀞和とろわ君も久しぶりね」

「ご無沙汰してます」

「杏理、夏休みには帰るって言ってたわ」

「そうですか……」


 血の繋がってない赤の他人の方が、事情を把握しているとはどういう了見だ、兄貴よ。


「それで? 凜子ちゃん、話って?」


 待ちきれないとばかりに廉太郎が凜子様を急かす。

 気落ちした様な蘭子が俺の制服の袖を引っ張って、あからさまに構えオーラを出している。

 それに気付いた沢木と目が合ったが、逸らされてしまった。


「ちょっと、人から頼まれたのだけど……杏理に相談したら、瀞和とろわ君に聞いてみろって言われちゃって……」


 ……だから、どう言う了見だ、兄貴よ。

 リビングのソファに全員座る様に促されて、三人掛けのソファに沢木と蘭子に挟まれる形になった俺を、廉太郎が笑いを堪えて引き攣った顔で見ていた。

 かたや樹里は軽薄な眼差しで俺を見て、呆れた風な顔をしている。

 この仕返しはせねばなるまい。

 俺は面倒臭がりでやる気も無いが、負けるのは好きじゃないんだ。

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