文学と経験者と教授ー第11話

 一階にいた廉太郎が俺の顔を見て明らかに驚いた顔をした。


「何て顔、してんの……」

「廉太郎、ちょっと手伝って欲しい事がある」

「その前に、何でそんな獲物を狙う猛禽類みたいな目してんのかが知りたいね」


 大袈裟に両手を広げて肩を竦める廉太郎にふと我に返って、短く息を吐いた。


「別に。ちょっと、自分にイラついてただけだ」


 俺はずっと「真実」が怖かった。

 自分のせいで誰かが傷つく事も、真実を追求した先で自分が傷つく事も怖くて、雨に紛れて太陽からずっと逃げていた。

 でも、それは誰の事も守れないのだと、今更分かった。

 その今更が遅過ぎて、自分が傷つかない選択をした事で沢木が倒れた事が許せなくて自分にイラついてしまう。


「トロのそんな顔、久しぶりに見たな。何を手伝えば良いの? ホームズ君。僕は優秀なワトソン役だからね」

「うちの学校にサツキと言う生徒がいるかどうか、調べて欲しい」

「それならもう、調べてあるよ? そんな名前の生徒はいなかった」

「……何で、早く言わねぇんだよ」

「喋るにもタイミングってのがあるでしょ? トロが珍しく他人に興味持ったんだ。僕がそれを放置すると思うかい? それで、そのサツキってのは誰なのさ?」

「発火事件の真犯人だ」

「真犯人って……中森先輩は犯人じゃ無かったって事なの?」

「全くの無罪ではないな。中森は実行犯で、上手く利用されたんだ。それに気付いて俺達に原因を解明してくれと言って来た。犯人を捕まえろ、では無く原因を解明しろって言って来たのは、あの事件が起こった原因の方に真犯人が潜んでいたからだ。これでハッキリした。あの日、生物室の鍵と音楽室の鍵が入れ替わっていたのは、偶然じゃない」

「ふーん……因みに、サツキって生徒は居なかったけど……」

「何だ? 勿体ぶるな、全部吐け」

「調べるの大変だったんだからね? キヨシ君を上手く誘導して名簿見せて貰うのだって楽じゃないんだから!」

「お前はそうしたかったからそうしたんだろ? それで、誰なんだ?」

「国語の浜岡先生。下の名前がサツキって言うんだ。国語の先生なら、文学に精通していてもおかしくない」


 ニヤニヤとドヤ顔して見せる廉太郎にチョップ食らわして溜息が漏れた。


「……お前さ、刑事ドラマとか昼ドラの見過ぎじゃね? もっと普通に考えろ」

「えー、じゃあトロは誰が犯人だって言うのさ?」

「それは見てのお楽しみだな。今日、張り込んで現行犯逮捕だ。手伝え、廉太郎」

「勿論さ。その暁には、僕のお願い一つ聞いてくれる?」

「金と体力と時間の掛からないお願いなら聞いてやる」

「大丈夫、掛かるのは心労くらいかな?」

「壮絶に嫌だ」

「二言のある男はモテないよ? ホームズ君」

「俺はホームズじゃない!」


 段取りを廉太郎に伝えた後、俺は沢木の部屋へと様子を見に行った。ベッドサイドに勉強机の椅子を持って来て心配そうに見ている樹里は、俺の顔を見て涙を堪えている。


「そんなに睨むなよ、皺が増えるぞ」

「煩いわね!」

「静かにしろ、起きるだろうが……」

「上条……」

「何だよ?」

「あんたなら、犯人捕まえられんでしょ? いつもは飄々として何考えてるか分かんないし、イラッと来るけど! あんたなら、エニィ助けてあげられるんでしょ? たまには役に立ちなさいよ! 成績そこそこ、性格は最悪、大して取り柄の無いあんたでも、悪いヤツ見つけ出すのだけは得意じゃん……お願いだから、エニィの事助けてよ……」


 相変わらず俺の存在価値の粗悪さと言ったら、底辺だ。

 それが人にモノを頼む態度か。

 だが、今回ばかりは俺のミスが招いたと言わざるを得ないから、無碍に断る事は出来ない。

 俯いて握りしめた両手を膝の上で震わせている樹里は、多分自分の不甲斐なさに腹を立てている。

 こいつは昔からそうだ。

 真壁樹里は自分に厳しく、人に優しいとは良い難いが、好意を持った人間に弱い。


「どーにかすっから、泣くな。鬱陶しい」


 樹里を泣かす存在が、廉太郎だけじゃなくなった。厄介な事だ。

 樹里が落ち着くのを待って、俺達の布団がある部屋で寝る様に伝えた。

 廉太郎は多分もう、部屋にはいない。

 熱くなりやすい樹里を犯人の前に連れて行くわけには行かない。

 それこそ、渾身の正拳突きが炸裂するかもしれん。


 小さく丸まった様に背を向けて布団に潜っている沢木の小さな後頭部にカーテンの隙間から入る月明かりが反射していた。

 布団から突き出した尖った左肩は細くて、心許ない。

 寝返りを打った拍子に向こう側に落ちた濡れタオルを拾おうと手を伸ばした瞬間、


「ジュリィ……泣かしちゃった……。廉太郎君に怒られちゃう……」


 掠れた様な声が、布団の隙間から漏れた。


「……起きてたのか」

「……本当は、自分でどうにかしようと思ったんだよ? でも、結局皆に迷惑かけちゃって……ごめん、なさ……ぃ」

「安心しろ、樹里は自分にとって大事なヤツの事でしか泣かない。廉太郎はお前を責めたりはしないよ」

「そっか……だから、やっぱり、あの男の子は……」


 呟くように言った沢木の言葉の意味が分からなくて、こちらへと寝返りを打った沢木の顔が何か不思議な物を見る様に俺を見ている様を、俺は眉根を寄せてしかめっ面で見る。


「な、何だ……?」

「前に、ジュリィが話してくれた事があって……小学校の時ある事件が起こって、それを解決してくれた男の子がいたって……」

「ある、事件……」


 一瞬、心臓が止まるかと思った。喉の奥が詰まる。

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