火の無い所に立つ煙ー第3話
翌日の放課後、日直の癖に日誌を書き忘れていた
「廉太郎、一つ聞きたい。何で、わざわざこんな所に来る必要があるんだ……?」
カラフルな外装、三段重ねのアイスを持ったプラスチック製のスノーマンがギャグみたいに入口に佇んで満面の笑みで俺を見ている。
ガラス張りの店内を見る限りでは、うちの制服を着た女子生徒が過半数を占めていた。
店内に入るのが物凄く躊躇われる光景が、そこには広がっている。
あそこに入るのか、男二人で……。
「
「帰る……」
「あ、ちょ、待って待って。樹里だけ待たせてる訳じゃないんだから、帰っちゃダメ!」
「……俺は別に当事者に会わなくても問題ない」
「まぁ、そう言わずに、入った入った!」
背中を押される様に店内に入ると、一斉に客の視線を浴びる様な錯覚に陥って、俺は視線を逸らした。普段こんな所に来る事も無いので、非常に居た堪れない。
「あ……」
その一言に、廉太郎が俺をその声の方へと引っ張って行く。
「おっそい! 二人共」
樹里が頬杖をついて、あからさまに俺を睨む。
「ごめんごめん、トロが入りたくないって駄々こねるからさ」
「遅くなったのはお前が日誌書いて無かったせいだろうが……」
いつもの難癖、いつもの
でも、そこにいつもは無い笑いが一つ増えていた。
「ふふっ、皆仲良しだね」
甘い、とでも言えば良いだろうか。
少し高い声で、俯きがちに笑うその女子は、栗色の猫毛を肩の上で揺らしながら楽しそうに笑う。甘露飴の様な色素の薄い大きな目が、こっちを見ている。
「紹介するわ。同じクラスの
何故、お前が自慢する。
「ちょっ、ジュリィ……」
ほぅ、ジュリィとは新しい……。
「ホント、フワッフワだねー! あ、僕、樹里の彼氏やってます。
廉太郎の残念具合が今日も通常運転過ぎる……。
「
「フワッフワダネ―……」
「カタコトになってんじゃないわよ! ホント、使えないんだから」
「樹里、本題に入ってくれ。俺は帰って寝たい」
樹里と向かい合う様に座っている沢木縁は、その様子を終始ニコニコと笑って見ている。
「僕、トリプルアイス買って来るね!」
意気揚々と財布だけを握ってカウンターへ行く廉太郎に、「待て」と言いそびれて置いて行かれてしまった。
廉太郎が荷物を置いたのは樹里の隣、四人掛けの席の空席は沢木縁の隣だけだ。
「あんた、座んないの?」
樹里は不思議そうにそう言って、食べかけのアイスをペロリと舐める。
「あぁ……」
人付き合いが得意じゃない俺は、知らない人間が近くにいる事をあまり好まない。
だが、席移動を願い出て廉太郎の隣に座りたいと思われても、気持ち悪い事この上ない。
大人しく沢木縁に背を向ける様に椅子の端に腰かけた。
「上条君、初めて喋るよね?」
沢木縁はそう言って俺を覗き込む様にジッと見る。
普段から目つきが悪いだの、無愛想だの言われて倦厭されている俺を何の躊躇いもなく直視してくる人間は数少ない。
「そうだな……」
「エニィ、この男が陰気で無愛想なのは生まれつきだから、気にしないで」
満足そうにアイスを頬張りながら、一応フォローのつもりの樹里の毒舌も相変わらずだ。
「ただいまっ!」
トレイにトリプルアイスを二つ。
計六色のアイスを乗せて帰って来た廉太郎は、それをテーブルの真ん中に置いて「みんなで食べよう」と楽しげだ。
「……早く本題に入ってくれ」
頬杖をついて、溜息交じりにボソリと呟いた俺の声を聞いていたのは沢木縁で、
「事件のあった前夜、月曜日の晩に、川端先輩から連絡があったんです」と、話を切り出した。
「川端って誰?」
情報にない名前を聞き返すと、樹里が「発火した時に現場にいた男子の方」とこちらを見ずに答える。
「えっと、川端先輩が火曜日の放課後、音楽室に行って良いか? と言うので、良いですよとお返事して……」
「ちょっと待ってくれ。あんた、あ、いや、沢木さんが火曜日に音楽室にいる事は、前提なのか?」
「あ、はい。火曜日は合唱部の練習が無いので、私が音楽室のピアノを借りて練習している事を、川端先輩は知っているんです」
「ふーん……」
「そして、火曜日の放課後四時に約束していたので、いつもの様に授業が終わってすぐ音楽室へ行きました。でも、前の日に合唱部の打ち上げがあったせいで、凄い散らかりようで……先輩が来るまで、片付けていて……」
「合唱部の打ち上げ?」
入学して一か月足らずで早々に打ち上げてる部活があるとは、驚きだ。
「上条あんた、知らないの? うちの合唱部、この前の日曜日にあった市民コンクールで金賞取ったのよ?」
「樹里、俺がそんな事知ってると思うか?」
「知ってたら、空が堕ちて来るわね」
「世界は今日も平和だな。それで?」
「音楽の橘先生は若くてその辺緩いから、音楽室での飲食も禁止されてないらしくて、エニィが火曜日に音楽室へ行った時には、宴会後の有様だったらしいわ。毎週火曜日は橘先生休みで部活も無いし、月曜日片付けずにそのまま帰ったんでしょうね」
樹里はそう不貞腐れた様に言い放つと「橘先生も女子には甘いんだからっ!」とまるで同僚の教師を諌める様な口ぶりだ。
そう言えば、こんな女教師が居そうな気もする、なんて思う。
「そこに先輩が来て……その、お話している時に……」
「へんふぁいは、あんのようあったの?」
口いっぱいにアイスを詰め込んで、何を言っているのか分からない廉太郎の言葉を、滑舌ままならない子供の言う事を聞き取る母親の様に樹里が通訳する。
「先輩は何の用だったの? だって」
「えっと、それはその……」
言い淀む沢木はあからさまに動揺し、次第に顔が赤くなっている様に見えた。
沢木は樹里へと視線を投げて、言っても良いのだろうかと問い掛けている様に見える。
「だーいじょーぶよ、エニィ。この二人、馬鹿そうに見えるけど一応分別はあるから」
「んぐっ。樹里、酷いよ……」
確かに。廉太郎に一票だ。
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