白い謎ー第6話

 翌日、昼食を済ませて約束の少し前に家を出た。

 丁度辻にある電柱の陰から廉太郎れんたろうのリュックが見えて、そのデカさに「遠足か?」と内心突っ込んだ。

 かたや俺は財布とスマホだけの軽装備だと言うのに。


「トロ、急ごう!」

「時間ピッタリのはずだが?」

「早く行きたい」

「それは知らん」


 いつもの繋がらない会話を取り留めも無く流しながら、小学校までの道を歩く。

 高校とは違う道を行く小学校までの道には、近年見なくなった電話ボックスや、老夫婦が営んでいた文房具店の錆びたシャッター、校門までの緑色のフェンスの向こうに見える枯葉の浮いたプール。

 伸びた身長が見せる角度の違う風景に懐かしくも生温い風が吹く。

 雨が降り出しそうな重い雲を見上げて、傘を忘れたなぁなんて思いながら、きっと廉太郎の膨れたリュックの中に入っているであろう折り畳み傘を当てにする。


「あ、こんにちは」


 俺達の姿を見付けて振り返ったのは沢木だった。

 猫毛をアップにして緩いニットから綺麗な項が出ている。

 ダボダボのGパンの裾を織り上げて、何となく意外な私服姿だ。

 もっとフワッとした……いや、まぁ、妄想の産物だ。


「やぁ、エニィちゃん」

「遅かったじゃない……」


 校門の石碑の陰にもたれる様にして立っていた樹里は、相変わらず男の様な格好をしている。

 身長もあって髪も短く、本人いわく可愛いのは似合わないらしいが、何というか彼氏である廉太郎の方がカラフルで可愛らしい私服に見える程マニッシュだ。


「さ、行こう!」


 廉太郎は、沢木の腕を掴んで前を歩き出す。

 掴まれた沢木が慌てているのもお構いなしな所を見ると、ワザとそうしているのだろう。


「……?」


 俺の無言の問いに、樹里はふんっと無言で歩き出した。


「うっわ……、めんどくっさ……」


 口をついて本音が出てしまった。

 昨日、わざわざ沢木が教室まで来た経緯を考えたら、なるほど、と言う所だ。

 何かしら喧嘩でもして、樹里は廉太郎に連絡を取りたくなかった。

 だから沢木に今日の集合予定を聞いて教えてくれと言った。

 だが、廉太郎はそれを察してワザと樹里に連絡をしなかった、と言う感じだろう。


「何が原因だ?」


 隣を歩く樹里に聞いてみる。

 脳裏を過ったのは、やっぱりあの日の女子高の生徒と廉太郎だったが、ただ見たと言うだけでそれ以上の情報が無いのに、口に出す事はやはり出来なかった。


「別に……」

「あっそ……」


 こいつらが喧嘩をするのは珍しいのだが、過去数回喧嘩した時の面倒臭さと言ったら無い。

 樹里は自分が悪くなければ絶対に折れないし、廉太郎は自分に非が無ければ容赦なく樹里を追い詰める。

 廉太郎は自分が悪くても蒟蒻の様な神経で樹里を逆撫でし悪化させ、樹里は自分が悪い時はポッキリと折れてしまい収拾がつかない。

 そして俺は壮絶に居心地が悪い状況に真ん中で揉まれる羽目になる……。


「早めに解決してくれ。俺の体力が持つうちに……」

 

 ただでさえ茹だる様な湿度だと言うのに、そんな茶番に何日も付き合っちゃいられない。

 振り回されるのが俺一人ならまだしも、今は沢木がいる。

 あいつも振り回される事は間違いないだろう。

 いや、むしろ反応の無い俺より沢木の方が振り回される可能性は高い。


「あ、あのっ、廉太郎君……」

「ん? なぁに?」

「えっと、ジュリィも一緒に……」

「大丈夫! トロと一緒にちんたら歩いてるから」


 ワザとだと分かっちゃいるが、これに対して樹里は怒る素振りを見せない。

 と、なると今回の非は樹里にあると見た。


「ラストチャンスだ。もう二度と聞かんぞ。何したんだ? お前」


 廉太郎に聞こえない様に声を少し落とした。


「……こ、告……白……されて……」

「……誰が?」

「わ、私……」


 俯いたまま言い辛そうに喋る樹里は左下を見て、会話を思い出そうとしている様だ。


「廉太郎以外にそんな酔狂なのがいたのか……地球がひっくり返るのもそう遠くないな」

「煩いわね!」


 その声に前を歩く二人が振り返るが、樹里を見る廉太郎の目はいつものそれでは無く、明らかにキレている。

 こいつは怒っていてもその感情が表に出ない。

 他の感情は丸わかりだが、キレている時だけは分かりにくいのだ。

 滅多にない、でも廉太郎が一度怒ると鎮火までにはそれ相応の時間が掛かる。


「で? 何故あいつが腹を立てる? OKしたわけじゃ無かろう?」

「当たり前でしょ……ちゃんと断ったわよ。でも、別に言う程の事でも無いと思って……」

「黙ってたのか……」

「うん……」

「地雷踏んだな……」


 曲がった事が嫌いな廉太郎にとってそれは「裏切り行為」と言っても良い事態だ。

 やましい事がないのであれば、自分の口から言って欲しかった事なのだろう。


「何故それが漏れた?」

「それは……その……」


 言葉を濁す樹里の言わんとする事が読めずに、次の言葉を待っていると延々と続く白塀が見えて来る。

 この長い白塀を見て、小学生の俺は公共物だと思っていたが私有地だったらしい。


「何だ? そんなに言いにくい事なのか?」

「生徒会長……から言われたんだけど、その……会長には彼女がいて、その彼女が廉ちゃんの所に行ったみたいで……」

「その彼女から事情を聞かされた廉太郎は何も知らなかった、と言うオチなのか」

「うん……」


 それは、廉太郎からすれば蚊帳の外から突然引き摺り込まれたと言う感じで面白くなかったであろう事は明白だ。

 そして、最も廉太郎のプライドを抉る様な事態だ。

 この話のネックは、廉太郎が曲がった事をしないと信用を置いている樹里がやらかしてしまった事にある。

 もしかしてあの女子高の生徒は、生徒会長の彼女だったのだろうか。

 それにしては、状況がそぐわないが……。


「最悪だな……」

「分かっ……ひっ……くっ……。でも……口も利いてくれないんじゃ……どうし……ようも……」


 えー……。もう、松平邸に着くんですけど……。

 ここで泣きますか。そうですか……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る