もう一つの太陽ー第4話

「二つ、考えた」

「二つも出たのかよ」

「うん、一つは一体化したんじゃないかって言う答え」

「一体化?」

「うん」


 沢木いわく、翼の痕と言われる肩甲骨は脊髄を支える骨で、人間の中枢を支える為に体内に取り込まれてしまったのではないか、と言う。


「で、もう一つは?」

「上を……」


 そう言って、橙色と群青色の合間にある空を見上げた。


「上……?」


 俺もそれに習って空を見遣る。


「上を見ていたかったからじゃないかって……思う」


 雲の多い八月の夕暮れ時の空は、熱風を伴って橙色の光を含んだ雲を連れて行く。

 その明暗の合間に隠れている真実は、闇が訪れても存在自体が消えることは無い。


「空を舞うって凄く気持ち良さそうだけど、考えてたら実際はそうでも無いんじゃないかって思って……」

「どう言う事だ?」

「太陽は近くにあって眩しくて暑いだろうし、風も強すぎれば前には進まないだろうし、豪雨や雷なんかすぐ傍に居たら飛ぶどころの話じゃない。そんな過酷な状況で、下ばかり見下して、良いなぁ良いなぁ、って思っているより、下から上を見て綺麗だなぁって憧れていたかったんじゃないかなって……」


 沢木は、空を見たまま「空は下から見た方が良く見える気がしたの」と付け加えた。

 どう考えても抽象的で決定力に欠けるその発想が、何だか妙に説得力があった。


「上を、見ていたかったから、か……」

「変かな? 間違ってる?」

「いや、一理あるかもな」


 退化や衰退ではなく「選択」したのだと言う沢木は、人の事ばかり気にして弱い所もあるくせに、自分が正しいと思った事はハッキリと言葉にしてしまう。


「死んでもいいなんて誰にも言わない」


 そう言った時の沢木を、あの強い眼差しを、俺はカッコいいと思った。

 一貫して前向きな人間で、俺はその答えがどうにも気に入ってしまった。

 爺ちゃんが言った「真実は太陽で嘘は雨の様な物だ」と言う言葉も、その説に置き換えれば「ちゃんと見える場所に居たかった」と説明出来る。

 そしてそれは、仕方なくそうなってしまったのではなくて、そうしたかったと言う意志が感じられる答えだった。

 強烈な存在も、見失ってしまう程近くにいたら、自分を失う事になる。

 実際、真実から逃げようとした相馬君は、あの時真実を見失ってしまっていたんだ。

 だから、一時期自分を失ってしまった。

 提灯の明りが連なる境内までの階段を下から見上げて、げんなりと零す。


「こう言う時は飛べたら良かったかもな……」

「歩く速度でしか見えない物もあるよ、行こう!」


 紅色の帯が揺れる。夏が逝こうとしている。


「ちょっと待て、――――」


 人ごみに紛れて初めて名前を呼んだ。

 のに、喧騒に掻き消されてちょっと笑いが出る。

 大事な物が増えるのは、失う可能性が増える事だと思っていた。

 名前を呼べばそれだけ愛着も増えて、廉太郎が言った様に去って行かれる事が怖い俺は、手の内に抱えるものが無ければ失う事も無いとタカを括っていた。

 

 でも、違った。違ったんだ。


「今……呼んだ?」

「こけるなよって、言っただけだ」

「嘘だ、今、名前呼んだよね?」

「聞こえてんじゃねぇかっ」

「初めて、初めて名前呼んでくれたねっ!」

「うるっさい!」


 二つ存在しない太陽の様な真実は美しくも辛辣で残酷だ。

 でも、存在を無視する事が出来ない絶対的なものなら、翼をもたない俺達は太陽がちゃんと見える場所で、大事な物や人を守れるようになれば良い。

 枯れない場所で、見失わない様に。

 目の前の小さくてか弱い存在が、上を見ていたいと言うだけで、救われる。

 それもまた一つの太陽なんだ。

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僕等が翼を失くした理由 篁 あれん @Allen-Takamura

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