白い謎ー第10話
目の前に立ちはだかった白い箱は、物悲しくも精練とした印象だった。
二十一年経っているとは思えない、白く佇む謎。
「ぐるっと一周して来たけど、壁に切れ間もないし、裏はセメント袋やドラム缶が置いてあって作業に使った物が置きっぱなしにしてある感じだったよ」
廉太郎はしゃがみこんで扉の隙間を覗き込んでいる。
「それにしても、窓の無い部屋にこんな立派な鉄扉を付けたんじゃ、夏は死ぬわね」
樹里はジワジワと暑い湿度を感じて、真夏のこの部屋を想像した様だった。
確かに、真夏にこんな所に長時間いれば命に関わる。
物を置くにしても、日光も風も入らなければ中の物が腐敗するだろう。
むしろ、それが目的だとしたらどうだろう。
あそこには日光や風が天敵の何かが保管されている、としたら……。
もしくは、完全なる空調システムを導入されていれば、窓が無くても中の空調問題は解決されるが、この部屋に電気が通ってるかは謎だ。
お父様はここを大事にしていた。
なのに、中身は大事にしないのか? 遺品が入っているとして、危篤に立ち会わなかったばかりか、遺品さえどうでも良いと言うのか。
「んー、かったいなぁ……ビクともしないよ」
鉄扉のハンドルをガタガタ揺らしている廉太郎は、無謀な事に「開かない」と言っている扉を正攻法で開けてみると言う冒険を試みている。
開かない扉を開ける為に来たのは確かだが、それは力の問題じゃないだろう。
本物の阿呆だ……。
「この鉄の棒は何なのでしょう?」
沢木が扉の横の十字の鉄の棒を突きながらしゃがんでいた。
「何だろうねぇ?」
真似をしてしゃがみ込み、棒を突く廉太郎。
「はっ! もしかして、それが鍵とか?」
凄い大発見をした、と言う顔を俺に近づけて来る樹里は瞳孔が開き過ぎだ。
「近い……」
片手で樹里を避けて、俺は「やってみれば良い」と庭の隅にあった岩に腰かける。
三人で十字鉄の棒を引っこ抜く勢いだが、俺はそれを囮に頭の中を整理する。
作られたのは二十一年前、にしては建物が綺麗だ。
厳格だったお父様は、一過性の収集癖があったが、興味を失えば止めてしまう。
と言う事は、継続的に何かを集める為の部屋では無いだろう。
むしろ、窓すら無いこの部屋は物を保管するには向いてないと言える。
冷静に、単純に、普通に、そして順番に並べてみる。
奥さんの危篤にさえ立ち会わずにこの部屋を作る事に没頭していたお父様は、嫁であるあの夫人には気遣いを見せていた。
単純に夫婦仲が悪かったのだろうか?
だが、遺品はここに運び込んだ――――。
そしてもう一つ気になるのはあの夫人の視線だ。
肉体的痛みを反芻する右下への視線。
会話の流れから、何を思い出していたのか想定するには情報が足りなさすぎる。
「ちょっと、トロ! サボってないで手伝いなよ!」
微動だにしない鉄の棒と戦い続けている廉太郎が、サボっている俺を見付けてしまった。
「あー、それ多分フェイクだぞ」
俺の一言に三人が一斉にこっちを見た。
「ちょっと、上条! それならそうと早く言いなさいよ!」
「お前が鍵かも知れんと言うからだろう?」
「じゃあ、違うって教えてくれたら良いじゃない! 本当にイラッとする男ね!」
「俺がそう思っているだけで、本当は違うかも知れんからなぁ……」
「要するに、トロは僕達を使って鍵じゃないと証明させたかったわけだね」
廉太郎は不機嫌な面で腰かけた俺を見下しているが、俺は今日、家を出てからお前達の為に散々働いたんだ。少しくらいサボった所で、文句言われる筋合いはない。
「多分あの立派な扉は、埋め込まれているだけの偽物だ。そもそも開く様にはなってない。が、お父様はあそこが入口だと思い込ませる為に、鍵穴をわざと作らなかった。どうにかしたら開くと思い込ませる為に。そして、この視界の中で唯一不自然なのがあの鉄の棒だ。誰だって思うだろうさ。あれが怪しい……ってね」
樹里はまんまとお父様の策に引っ掛かったと言うわけだ。
「じゃあ、あんたはどうしたらここに入れるか分かったって言うの?」
意地になって食って掛かる樹里だが、そもそも俺はやってみろと言っただけで、それが鍵だと断定はしてないのだが。
「分からん。って事で、ここは正直に分かりませんでした、と言って退散しよう」
うん、それが良い。そうしよう。
「ダメです! 一度引き受けたのですから、そんな簡単に諦めてはっ!」
沢木はむくれた顔をしているが、俺は解決出来ると断言した訳じゃ無い。
「それに、こんなに直ぐ帰ったんじゃ、
凜子さんと似た様な眩しい笑顔で俺を見る廉太郎は、凜子さん程の凄味は無いが、ぶっちゃけ良く似ているその顔の先に兄貴の顔が見えた。
兄貴経由で凜子さんに頼まれたこの件を、早々に諦めて帰った事が兄貴に伝われば、夏休みに帰って来た時にきっとあの野郎は柔和な顔して「仕方ないな、
その科白は俺をイラッとさせる事間違いない。
俺とは似ても似つかない兄は、外面が非常に良く好青年と称される類の人間だだが、俺は知っている。
あの男は柔和な笑顔の裏に一物抱えた、黒く計算高い男だ。
「はぁ……もう、めんどくさぃ……」
「だけど、考えていたんだろう? ずっと額を指で叩いていたじゃないか」
廉太郎は俺の真似をして顔の前に手を翳すと、指でトントンと額を叩いて見せた。
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