文学と経験者と教授ー第2話
「で、お前は何をしに来たんだ?」
ただでさえ沢木とは調子が狂うのに、兄貴まで参戦されては俺のHP消費が促進される一方で、命の危険を感じる。
明日の朝日が拝めなかったら、こいつらのせいだ。
「これを、見て欲しくて……」
白い封筒の様な物に「
「何だ、これ?」
「昨日ラインで言ってたヤツです」
中を開けてみると「気が気でつい寝れす」とだけ書いてあるカードが入っていた。
直筆で書いてあるが、差出人は無い。
「何の事か、さっぱり分からないんです……」
「これ、どこに入ってたんだ?」
「自宅のポストに……」
「俺に嘘を付くとはどういう了見だ?」
沢木の視線は泳ぐのを止めて、俺の方を真っ直ぐに見た。
「ごめんなさい……嘘、ではないのだけど……。ただ、夏休みに入る前は下駄箱に入ってて……夏休みに入ったら止まるかと思ったんだけど……これで二十通目です」
「二十通……。馬鹿か、お前は。何でもっと早くに言わなかったんだよ?」
「おいおい、
兄貴の科白を無視して、沢木に弁明を求めるべく封筒をテーブルにぺシペシと軽く叩き付けた。
「ご、ごめんなさい……。でも、あんまり意味は無さそうだし、別に他に何かあるってわけでも無かったから、放っておいて大丈夫かな……とか……」
「夏休みに入ってからも一週間以上続いたんだろ? 流石に、オカシイとは思わなかったのか?」
「お、思ったよ? だから、昨日ラインを……」
「遅いだろうが。もっと早く言え」
「まぁまぁ、二人共落ち着いて。お兄ちゃんにもそれ、見せてくれる? エニィ」
「あ、はい。どうぞ」
自分でお兄ちゃんとか言うな。キモい。
「気が気で、つい、寝れす……気が気でつい……寝……。ふむ、なるほど」
「なるほどって? 何か分かったのか、兄貴?」
「うーん……まぁ、ね?」
インターホンが鳴った。
多分凜子さんだ。教授が玄関に向かう足音が聞こえていた。
「お、凜子が来たな」
兄貴はそう言って玄関の方へと出迎えに行く。
「お兄さん、何が分かったのかな……?」
「さぁな。でも兄貴は俺より頭良いし、色んな事知ってるからな」
二十通も同じ意味不明な言葉を送りつけて来るのは、その内容も気にはなるが性格の方が問題だろう。川端の顔がチラリと過る。
「あら、エニィちゃんも来てたのね」
出迎えた教授を抱いて凜子さんがやんわりと笑って立っていた。
「あっ、こんにちは。廉太郎君のお姉さん」
「ふふ、凜子で良いわ。それと瀞和君、先日は松平さんの御用件、解決してくれたみたいでありがとうね。今度、何かお礼持って来るわね」
「いえ、別に。俺だけでやった事じゃないですから……」
「凜子、凜子! これ見て。懐かしいと思わないか?」
兄貴に手渡された白い封筒の中身を一頻り眉をひそめて眺めていた凜子さんは、
「あぁ!」
と兄貴の方を見て嬉しそうに笑った。
喜ぶ様な事なら本当に害は無いのかも知れないが、釈然としない不安が湧いて来る。
兄貴はそれを「懐かしい」と言った。
凜子さんはそれを「喜んだ」のに、俺がこんなに不安を感じるのは一瞬でも川端の顔が浮かんだせいだろうか。
「トロワ君……?」
「あ、いや、何だ?」
「何か、思いつめた顔してるから……」
「いや、気にするな。何でも無い。それより兄貴、何が分かったか教えてくれないか?」
「うーん……」
「何故そこで渋る必要があるんだ? こいつはストーカーされても気付かない様な鈍い女なんだ。何かあってからでは遅い」
「酷い……トロワ君」
「酷くない。実際、気付いて無かったろ?」
「そうだけど……」
「
まどろっこしい事せずに、分かったのなら教えれば良いものを……と言いたい所だが、相手は凜子様と兄貴だ。
俺一人では到底太刀打ち出来ない。
「そうだなぁ……。これはある特定のジャンルに秀でた人間なら分かるかも知れない。それから、これにまつわる経験のある人間にも分かるな。後、最大のヒントは教授だ」
そう言って、凜子さんに大人しく抱かれている教授を指した。
「特定のジャンル?」
「お前は今、目の前にしているじゃないか。お前のお兄様の得意分野は何だ?」
「文学」
「そうそう。そして凜子は二番目、これにまつわる経験者に当たる」
「教授がヒントって何だよ?」
「それは自分で考えた方が良いな。それに、これはお前が解く事に意味がある」
「俺? 何で?」
文学、経験者、教授……。さっぱり分からん。
兄貴は東京の大学で文学部に所属している。
将来は教員免許を取って学校の先生になるつもりらしいが、この言葉を「経験」するとはどう言う事だ。
一先ずこれは単純に「暗号」として解いた方が早そうな気がして来た。
「あ、あの……凜子さんは、この言葉を経験した時、怖かったですか? それとも、嬉しかった?」
沢木の言わんとする事が、俺も気になる。
感嘆の声を上げた凜子さんだが、過去の事だから笑い話に出来る、なんて事もあるかも知れない。
「そうね……。最初は意味が分からなくて、どうしようかと思ったけど、死ぬほど嬉しかったのを覚えてるわ」
死ぬほど嬉しかった……。向けられた笑顔は嘘偽りが無いように見えた。
じゃあ時間が解決するのを待っていれば良いんじゃないのか……?
そんな俺の思考を見透かしたように、兄貴が白い封筒に中身を戻して沢木に差出した。
「これが怖いモノになるのか、死ぬほど嬉しいモノになるのかはエニィちゃん次第だね。お兄ちゃんとしては、怖いモノであって欲しいと思うけど」
いつからお兄ちゃんになったんだ、お前は。
そして、微妙に怖い事をサラッと言ってのけるな。
「こ……怖い方が良いんですか?」
「危ない目には合って欲しくないけどね。瀞和がいるから、そこはこいつに任せるよ」
「任せるって何だ……。こんな回りくどい事をするヤツ、普通じゃないだろ……」
下駄箱に飽き足らず、家のポストにまで入れに通うんだぞ。
普通の神経じゃ考えられん。
「そうか、解かなくても犯人を捕まえれば早いんじゃないのか? そいつはポストまで律儀に放り込みに来るんだろ?」
「そう思って早朝から見張ってみたんですけど……それらしき人は見当たらなくて」
「時間が合わなかっただけだろ。だって、実際ポストに住所も書かれてない封筒が入ってるはずが無いんだから……」
「そうだけど……自分で何とかしようと思ったんだよ……」
訳の分からんところで、頑固さを発揮してくれるな。
麦茶の入ったコップを両手で包んだ沢木は、口を尖らせて俯いた。
「じゃあ、まぁ、頑張ってよ。お兄ちゃん達はこれからデートしてくるから! あ、それとお前はこの言葉を知ってるはずだ。せいぜい記憶を辿ってみる事だな」
記憶を辿る……。俺はこれを経験した事があると言うのか。
「相変わらず厭らしい性格してるな。もう、そのまま帰っても良いぞ」
「酷い弟だ。久しぶりに会ったと言うのに……。エニィ、しっかり叱っておいてくれよ」
「あ、はいっ」
今「はい」って言ったか?
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