白い謎ー第4話
ぶっちゃけ、
こいつは小学校の時から空手をやっている筋金入りの武闘派だ。
それに
ともすればこの中で一番腕が立たないのは、俺かも知れないのだ。
相変わらず喋ろうとしない沢木は、俯いたまま浮かない顔をしている。
「大丈夫か?」
俺の言葉の意味を理解してない様な顔でゆっくり振り向くと「はい」と見事な作り笑いを見せた。
人間は目と口で同時に感情表現出来ない。
目から衝撃を受け、口に伝達されるから、喜びも悲しみも、その感動が偽りでなければ目の動きと口の動きには必ず誤差が出る。
なのに、目と口を同時に動かして俺に何かを隠そうとしている。
「エニィ、どうかしたの?」
「な、何でも無いよっ。ちょっとお腹空いちゃっただけだよっ!」
言いたくないのなら……と思っては見るものの、
色素の薄い柔らかな髪が、夕焼けを受けて赤毛の様に光る。
陰った横顔を見て、気付かれない様に小さく息を吐いた。
「俺はこれから独り言を言う。だから、適当に聞き流せよ」
そう前置きをして俺は喋り出した。
「トロワ君と付き合っている事になっているが、もしトロワ君の事を好きな子がいたらどうしよう。私はとんでもない嘘をついて、トロワ君に迷惑を掛けているんじゃないだろうか? この嘘が原因でトロワ君に本当の彼女が出来なかったら申し訳ない。以下略」
「……」
「もしそのようにお考えなら、ご心配には及びませんよ。見ていて分かると思うが、俺は基本的に女子には好かれませんし、この先彼女なんてものにも興味はありません。蘭子の様な突然変異した生物がたまにいたとしても、どっちかと言うと一人が好きなんで、誰かと一緒にいようとは思いません。以上、独り言終わり」
「あんたの主義は知ってたつもりだったけど、改めて言葉にして聞くと……終わってるわね……」
樹里は苦虫でも噛み潰したような顔で俺を見ていた。
「お前基準で物事を考えるな、樹里。俺は別に不幸だと思っちゃいないぞ」
訝しげな目で、はいはい、と面倒臭そうに返して来る。
「それでも、やっぱり嘘は……」
沢木は観念したかのようにそう一言零した。
綺麗に伸びた背筋から、項が弧を描く様に項垂れて、髪に隠れた表情は見えないが声のトーンはいつもより低い。
俺の独り言は的を射ていたらしい。
それとも、あの廉太郎と女子高の生徒の事を樹里に隠していると言う負い目もあるんだろうか。
「噂を否定したけりゃ否定しろ。別に俺は構わん」
「でもそれじゃあ、また噂になってしまう……」
「言いたい奴には言わせておけば良いさ」
「何か……すみません……」
「お前は他人の事ばかり考えすぎる。もっと、自分に都合の良い様に振る舞っても、罰は当たらん。それに、俺に彼女が出来ないのなら、お前に彼氏も出来ないんだ。そっちの方が大問題じゃないのか?」
「
「茶化すな、樹里。元々はお前達が作り出した噂だろう。こいつが重荷に思っているとしたら、それはお前と廉太郎の責任なんだからな」
今気付いた、と言う顔をしている。
悪い事をしているなんて意識が全くなかった樹里からすれば、沢木がそんな事を毎日考えていたとは想定外だろう。
「ご、ごめん……。私、そんなつもりじゃ……」
「あ、いや……別にそんな……ジュリィ達のせいじゃ……」
「ホント、ごめん! 否定しちゃダメとか言って……。川端の事があったし、普段は全く頼りにならないこいつでも、虫よけくらいにはなると思っただけで……」
相変わらず俺の存在価値の低さに驚きだ。虫以下だったとは。
「うん、よしっ! 決めた!」
そう言って俺に向かって勢いよく振り返ると、沢木はガバッと頭を下げる。
「な、何だ……?」
「偽物彼女だけど、よろしくお願いしますっ!」
「……は?」
「不束者ですけど……」
嫁かっ! いや、待て待て。
今の話の流れだと、どう考えても噂を否定する流れだっただろう?
何がどうしたらそうなった……。
「いや、あの、話おかしくないか?」
「私も彼氏要らないんで、利害が一致するのであれば現状維持が一番良いのではないかと思って! 迷惑になりそうな時は言って下さいね」
今日一の笑顔をここで出して来る。
「エニィ、本当に良いの? こんな冴えない陰気な男が、偽物だとしても彼氏だって思われたら、エニィのセンス疑われちゃうかもだよ?」
「ちょっと待て、樹里。それは聞き捨てならん。最初にそう仕向けたのはお前達だ」
「そうだけど、エニィが辛い想いしてまでする事じゃないもの!」
「こいつが辛い事と、俺の容姿諸々は関係なかろう」
「私は……トロワ君、カッコいいと思いますよ?」
「「は?」」
「えっ? だって、背も高いし、無愛想だけど優しいです。きっと陰ながら憧れている女子は多いのでは? とか思います」
「エニィ……あんたって子は、どこまでお人好しなの」
……壮絶に疲れた。帰りたい。
明りがぼやけるいつもの錆びれた駅が、物凄く遠いオアシスに見える。
爺ちゃんが言う様に「嘘は雨の様な物」だとしたら、俺と沢木の現状は廉太郎の言う守る為の嘘で、恵みの雨や何かを洗い流す様に煙に巻くスコールの様な物だと思っていた。
だが、沢木にとっては台風や豪雨の様に、攻撃力を持った嘘だったのかも知れない。
沢木だけが、雨の被害を心配していたのだ。
「好きにしろ……」
言わなくて良い独り言を呟いたばっかりに、火傷した。
別に、放っておいても良かったハズなのに、多分あいつが自分のせいで、と考えている事に気付いたら「それは違う」と言いたくなってしまった俺のミスだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます