Re:第四回転 〝宗教〟って、なんですか?

「燃え尽きたよ……真っ白に……」

「ふぉー……」


 灰になったようにうなだれ、ぶつぶつとつぶやくメイドさん。

 クトゥグアが、その周りを慰めるかのように、ふよふよと飛び回っている。


「んー、やっぱりこいつ、見覚えがあるのよね……」

「まだ僕のこと、思い出してなかったんだね……六花……」

「呼び捨て止めなさいよ、負け犬」

「い、犬じゃないやい!」


 ぴょこんと立ち上がる赤いメイドさん。

 その拍子に、まるでトレンドマークのようだった赤い髪が、ずるりと滑り落ちた。


「あ」

「あ」

「あ」


「……ふぉー」


 重なる声に、クトゥグアのため息。

 赤髪のメイドさん──いや、


「なんだ、まもまもじゃない! 早く言いなさいよね! まもまもー!」

「まもまもじゃないやい! 僕の名前はまもる! 呀太あふとまもるだよっ!」


 そう、そのハスキーな声の、黒髪の少年のことを、ぼくらは知っていた。

 彼の名は呀太守。

 ぼくと六花ちゃんの──クラスメイトだった。


「え? なんでメイドの格好してるの?」

「なんだよ、似合わないって言いたいのかよ!? お、男が、メイド服着ちゃだめなのかよっ!?」


 そんなことはない、よく似合っている。

 問題は、格好が家令ではなく似非メイドということだ。

 家令なら、男でも女でも、好きに装着すればいい。

 それがプロだ。

 だが、ただのフリフリではしょせん贋作フェイカー……

 などと、そんなことを考えているぼくの横で、気軽そうに六花ちゃんが言った。


「いいえ、いいと思うわ。よく似合っているし」

「え……?」

「メイド服ってかわいいものね、男の子が着たくなっちゃうのもわかるわ」

「六花……さん」

「そうね。うん、その呼び方ならいい。それなら、呼ばれても不快じゃないわ。じつは出門部院って苗字、あたしそこまで好きでもないし」


 笑顔で頷く六花ちゃん。

 救われたような顔をする守くん。

 どうやら、よくわからない諍いは、解決を見たらしい。

 というか、六花ちゃん。お母さんの苗字、あんまり好きじゃなかったんだなぁ……


「えっと」


 さて、いろいろ片付いたような雰囲気になっているが、謎はまだ残っている。

 ぼくは、守くんに問いかけた。


「それで、守くん」

「呀太って、呼んでくれるかなぁ、きみぃ……? そんな気安い仲じゃないだろう、ぼくたちぃ……?」


 ……めんどい。

 また話が通じないひとだ。

 すごくめんどい。


「まあ、いいや。それで呀太くん。どうして六花ちゃんを狙ってきたの?」

「ちゃんと説明したじゃないか。それは、六花……さんがアザトースを召還したっていうから、ちょっと興味をもって」

「嘘をただすんじゃなかったの?」

「それもあったけど……〝宗教〟をやってみようかと思って」


 宗教。

 また、宗教だ。

 いったい、この宗教というのはなんなんだろうか。

 放置してはいけないと、ぼくの中のなにかが囁いていた。たぶんゴーストだ。

 ぼくは、さらに質問を重ねる。


「その、宗教って?」

「それは、あたしが説明してあげるわ!」


 六花ちゃんが、ここぞとばかりにしゃしゃり出てきた。

 どうか空気を読んでほしい。


「エア? なにそれ、おいしいの?」

「都会よりは、おいしいんじゃないかな」

「なによ、最近は水道水だって頑張ってるのよ!」

「なんの話さ……」


 閑話休題。


「〝宗教〟とはいうのはね、お目当てのキャラクターを、ガチャで引き当てるために行う、お祈りのようなものよ」

「お祈り」

「そのキャラクターにまつわるアイテム──剣とか、サインとか、書物とかを用意してみたり──呪文を唱えてみたり。で、くー召で一番ポピュラーな〝宗教〟は、ニャル倒し教」

「ニャ……」


 なんだって?


「だから、ニャル倒し教よ」


 六花ちゃんは、あきれ顔で言った。

 それを、呀太くんが引きつぐ。


「くーちゃんの召還では、ニャルラトホテップ系のゆる邪神は、めったなことじゃ倒せない。強すぎるからね」

「そう、最上級の邪神かみのパワー! クロトダーン! ニャルラショーク! だからね。なんの策略もなく勝てるのは、ムテキゲーマーとして誉れ高いマスターガーチャーぐらいのものでしょうね。奇跡的なことなのよ」

「というわけで産まれた〝宗教〟が、ニャルラトホテップを倒した後にガチャを引けば、めちゃいいゆる邪神が出るという祈り──ニャル倒し教なんだ」

「ほかにも深夜二時教とか、トイレで引く教、窓に!窓に!教、あと変わり種では、ネクラのブログ読破教とかもあったわね」


 なんだろう、最後のひとつで、妙に気になる単語が出てきた。

 ネクラのブログ?


「あれ? でも、呀太くんは、六花ちゃんがニャルさまを持ってるって知らなかったはずじゃ? アザトースの嘘を見破りに来たんでしょ?」

「……んん? そういえば、なんで僕、六花さんがニャルさま持ってるって思い込んでたんだろう?」

「あたしが、日ごろからニャルさまを崇拝してたからじゃない?」

「あー、その可能性は、あると思うけど……」


 混乱するぼくら。

 認識の齟齬。

 ありえない断定。

 それは、まるで。

 まるで、ちぐはぐなバグが起きてしまっているような──



「くー召は、自由ですうううううううううううううううううううううう!!!」



 突然、商店街を揺るがす大音声が紡がれた。

 びくりと体を震わせ、六花ちゃんと呀太くんが、その声が聞こえてきた方を見る。

 ぼくも、ゆっくりとそちらを向いた。

 和服に仮面という、どこまでも奇抜な恰好に。

 肩の上に、黄色いレインコートをまとったトカゲを乗せた若い女性がそこにいて。

 なるほど。今回はこういう風に登場するわけかと、ぼくは納得する。

 そうして心中でのみ、ぼくは彼女の名を呼んだ。


 こんにちは、礼坂朱里子さん。

 今日は、なんの御用ですか?


「あなたがた──くーちゃんの召還公式大会に、出場する気はないでしょうかっ!」


 鼻息荒く。

 朱里子さんは、もう何度目ともしれない、意味不明な言葉を吐き出したのだった。





 Re:NEXT ROLL ── 結成! チーム・クトゥルフ・ファイターズ!

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