第十二回転 重課金のさきにあるもの

「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお──!!」


 はーたんの、そして朱里子さんの、低く唸るような気勢が轟くとき、その変化は起きた。

 ぼくたちが浮かぶ大空。

 一面を埋め尽くす、虹色のメダル。

 そのすべてが、はーたんへと向かって殺到してきたのである。

 まるで虹色の雪崩。

 ゲリラ豪雨なんて言葉じゃ全く足りない、メダルの奔流。

 それを、はーたんたちは、片っ端から砕いていく。


 チャリンチャリンチャリンチャリンチャリン!


 空を縦横無尽に駆け巡り、的確にすべてのメダルを打ち砕く魔弾と化して、はーたんは存分に加速する。

 その速度は、まさに音速。

 稲妻の軌跡を描く神の御業。

 そして、そんなはーたんの動きに、朱里子さんはついていっていた。

 彼女の指が、まるで煙のように揺らぐ。

 脳が視認できないほどの速度で、残像を残して動いているのだ。


「なんだ、なんなんだよ、なんだよこれぇえええ!?」


 一枚もメダルが取れなくなった井坂さんが、狼狽もあらわに叫んだ。

 六花ちゃんが、笑う。


「〝黄衣の王〟の第三スキル──〝戯曲・黄衣の王〟は、いわゆるメダル集中系スキルよ。場に存在するメダルを一枚か二枚、自分に引き寄せる能力だわ」

「なに言ってやがるスーパーゲーマー! これが、一枚や二枚に見え──まさか!?」

「そう、そのまさかよ。社畜ゲーマーさん。くーちゃんの召喚において、スキルのレベルはひとつ上がるごとに、その性能を跳ね上げる。レベル1なら一枚や二枚でも……レベル10なら!」

「このフィールドに存在するすべてのメダルを、制御下に置くだとぉぉ!?」

!」


 凛々しく響く、朱里子さんの言葉。


 EXCELLENT! EXCELLENT! EXCELLENT! EXCELLENT! EXCELLENT!


 先ほどから一切鳴りやまない EXCELLENT!は、彼女の技量を説明するには十分すぎた。

 そう、もはや。

 もはや、大勢は決したのである。


「……認めねぇ……認めねぇぞ、そんなもん」


 ぽつりと、うつむいた井坂さんがつぶやいた。


「レベル10なんてインチキ……そんな重課金が愛なんて……認められるかこんなもん! 無効だッ!! ノーカン! ノーカン!」

「無様ねぇ……」

「俺が負けるわけないんだ! これは悪夢……そう、夢なんだっ!」

「ところがどっこい、夢じゃありません! 現実を直視しなさい、社会不適合者」

「六花ちゃん、負けた人を煽るのはやめなよ……」

「まだ負けてねぇええええええええええええええ!」


 絶叫し、再び〝大いなる白き沈黙〟を発動しようとする井坂さん。

 だけれど、彼のゆる邪神は。

 イタカは、もはや微動だにしなかった。

 代わりに、


「いあいあ」


 小さな声で、そう鳴いた。


「なんで、なんでだよおおおおおおおおおおおおおお!?」

空腹フリーズ


 六花ちゃんがドスの利いた声で、見下しきったセリフを吐く。


「愛情も、信仰マネーも、fanaticも、まして勝利さえゆる邪神にささげられなくなったとき、彼らは所持者オーナーを見捨てる。その様子じゃあ、ずいぶん負けが込んでたみたいねぇ、社畜ゲーマー……?」

「スゥゥパァァゲェェマァアアアアアアアアアアアアア──ッ!!!!」

「まあ、ここで負ければあたしが有効活用してあげるから、さっさと敗北しなさい──もっとも、あたしがそれをしなくても、死神はあなたをロックオンしたみたいだけど」

「!?」


 そこで初めて彼は。

 井坂さんは、おのれの置かれた状況を正しく認識したようだった。

 天の一か所に集う膨大な量のメダル。

 二度目の〝戯曲・黄衣の王〟の発動で制御されたそれを頭上に展開しながら、眼下に彼を見下ろす仮面の女性。

 礼坂朱里子さんは、井坂孝郎さんを睥睨へいげいし、ゲームの終幕を宣言した。


「愛を知らぬ、哀しき課金者よ」

「や、やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

「──カルコサの夢を、抱いて眠れ!」

「あいあい! はすとぅーる!」


 刹那、彼とイタカに向かって降り注ぐメダルの瀑布。

 それは到底、人がさばききれるような量ではなく。

 かくして、ゲームの勝敗は、こんどこそ決したのだった。


 You Win!


 朱里子さんのスマホが、虹色に輝くのが見えた。


「いあいあ」


 ぼくの腕の中で。

 くーちゃんが空腹を、告げていた──



 NEXT ROLL ── 捕食のために腹は鳴る

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