第十一回転 町内の中心でもない一画で愛を叫んだ仮面

「誰だ、このBBAは?」

「私は19歳です!」

「へっ、いいぜ! 邪魔するってんなら、まずはてめぇーから血祭りにあげてやるよ。BGMを選びな!」


 ふたりのやり取りを傍観しながら、ちらりと六花ちゃんに視線を向けると、彼女はしたり顔で頷いて見せた。


「SAN値バトルでは、挑戦者側がBGMを選ぶ権利を得るわ。この場合、朱里子ちゃんが得意な曲をチョイスできるんだけど……」

「だけど?」

「ハスターとイタカはどちらも風の神性よ。有利な楽曲は、だいたい同じものになるわ。しかも、はーたんは〝黄衣の王〟。純粋な風属性でもない……お互いのレアリティーはRで拮抗している。ここで差がつくとすれば、それは」


 つまり、プレイヤーとゆる邪神のスキルレベルだけがものをいうのだと、彼女は暗に語っているのだった。

 そんなぼくらの危惧を知ってか知らずか、朱里子さんは仮面を装着する。

 そうして、凛とした声で宣言した。


「ならば、私が選ぶ曲はこれです!」

「はっ! マッハでおじゃんにしてやるぜ……!」


 ギリースーツおじさんと仮面おばさんが、ほとんど同時に気炎を吐き、飛翔を開始した。

 どちらともなく、その言葉は紡がれる。


「戦いの殿堂に集いし信者たちが!」

「宙を舞い、地を蹴り、ゆる邪神がメダルを砕く!」

「これがSAN値バトルの究極進化系!」

「「バトォォォル──Let’s go ahead!」」


 刹那、空一面を埋め尽くしていたメダルが渦を巻くように回転し、彼女たちへと押し寄せていく。

 同時に、強く抑え込んだようなメロディーラインが流れ始め、一気にそれが、変調する。



『正気に返りなさい SAN値減る前に

 あなたが過ごした 職場へと

 もういちどガチャを引いて 当たりだすため

 給金ぶち込むよ、何度でも


 ──魂のサクラン!』



「はーたん、ショータイム!」

「あいあい!」


 勇壮な楽曲とともに、先に仕掛けたのは朱里子さんだった。

 はーたんの羽織っていた、黄色いレインコート。

 それが折り紙を折るようにして変形し、紙飛行機のような──いや、矢じりのような形状に変化したのだ。


 EXCELLENT! EXCELLENT! EXCELLENT! EXCELLENT!


 ジェット機のような速度で大空を舞うはーたんは、次々にメダルを獲得していく。

 その速度に適応し、一切のミスなくタップを続ける朱里子さん。


「なるほどね。あたしのライバルになりたいってのは、見栄や酔狂じゃなかったわけか。なかなかどうして──やるじゃない」

「当然です。超高速度バトルこそ、風の神性の真骨頂! マッハだかなんだか知りませんが、私は既に、音速を超えています!」

「──ところがどっこい! ぎっちょんちょん!」

「!?」


 確かに、朱里子さんの技量は卓越していた。

 プレイヤースキルは確かだった。

 だけれど。


「あいー!!!」

「はーたん!?」


 突如、横殴りの風にあったように、はーたんが吹き飛ばされる。

 その原因は、すぐに判明した。

 はーたんの身体に、氷雪が混じった霧のようなものがまとわりついていたのである。


「どうだ! これが〝歩む死〟の第2スキル──大いなる白き沈黙Lv3のちからだぁああ!」

「相手ゆる邪神に確率で疲労状態を与えるスキルだわ」

「それって強いの、六花ちゃん?」

「表示上は0%だけど、小数点以下の確率で成功するの」


 なんだそのブラックブック、怖い。


「なんでそんな回収騒ぎになりそうなスキルが成功しているのさ?」

「くー召のスキルは、レベルが上がるごとに性能が跳ね上がるわ。最大でレベル10。やつは3。それでも、はーたんの動きを止めることぐらい容易なのよ!」

「そうそうそう! そういうこと! まったく解説おつかれちゃーんだぜ、スーパーゲーマー! 説明、ちょーわかりやすかったぜ!」


 ぼくらをあざ笑うかのように、井坂さんはスマホの画面をタップし続ける。

 動けないはーたん。

 それとは対照的に、周囲のメダルを取りまくるイタカ。

 GOOD GOOD FINE BAD……

 ただ、どうやらその成功率は、あまり高くないようだった。


「くそ、なんで俺の思うとおりに動かないんだ、〝歩む死〟! 動け、動けよ! なんで俺の思った通りに動かねぇんだよ……!」

「それは、ですね」

「……っ」


 ビリビリとしびれるような威圧感が、蒼穹のすべてを支配した。

 井坂さんの表情が、一瞬でひきつる。

 朱里子さんが仮面の下から、井坂さんをにらみつけていたのだ。

 彼女は、静かに語る。


「あなたには、愛が足りないのです。他者を想う心。大事だと尊ぶ願い。私が──」


 ちらりと、なぜか彼女はぼくを見た。


「──守りたいと思うものが、あなたにはないのです。妬みと嫉みだけが、あなたを支配している……欠片も見受けられないんですよ、あなたには他者をおもんぱかる心が!」

「そんなもん! くー召にはいらねぇだろ! 必要なのは金と、運と、〝宗教〟と──」

「いいえ、足りない! あなたに足りないもの。それは! 情熱・思想・理念・頭脳・気品・優雅さ・勤勉さ! そしてなによりもォォォオオオオッ!! 相手へのリスペクトが足りない!!」

「あいあいあいあーい!」


 ぱふぃーん!

 と、ファンシーな音を立てて、はーたんが氷雪の霧を吹き飛ばす。

 また、あの風のスキルだ!


「ハスター! はーたん! 黄衣の王! 第三スキル発動!」

「あい、あい、はすとぅーる!」

「戯曲・黄衣の王、Lv──」


 朱里子さんが、燃えたつような声で叫んだ。


「Lv10だぁああああああああああああぁぁぁああああああああああああああ!!!」




 NEXT ROLL ── 重課金のさきにあるもの

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