第十回転 TAKE ME HIGHER

「まっさかさーまーに、おちてデザイア」

「笑い話じゃないからね、六花ちゃん」

「か弱いヒロインとか知らないわ! あたしたちはいつだって、見えない今日の風に立ち向かってゆくのよ!」

「いつまでも守りたいよ、そのムダに勝気な微笑みを……」


 ビュービューという風切り音を耳にしつつ。

 ぼくと六花ちゃんは、とりあえずスマホを起動した。


「くー!?」

「にゃぐーっ」


 ぽむん!

 という音ともに、虹色の光をまとって現れるくーちゃんと、六花ちゃんの影の中からにじみ出てくるニャルさま。

 ニャルさまはすぐに羽ばたいて六花ちゃんの肩にとまったけれど、くーちゃんはすごくびっくりしたみたいで、しばらく空中で必死の平泳ぎを続けていた。

 これだけがぼくの癒しである。


「あひゃひゃひゃひゃ! このままじゃ落ちて死ぬぞ! それでもいいのかー!」


 井坂なんたらさんが、大きく両手を広げながら叫んだ。

 その頭の上には、あのとき見た、戯画的な棒人間のようなゆる邪神が、双眸を煌々と燃やし存在していた。

 ぼくはくーちゃんを抱きとめながら、井坂さんに尋ねる。


「なにが目的ですか?」

「決まってんだろ! 〝闇をさまようもの〟を引き当てたとか言って有名人になってやがるビッチな小学生に天罰を下すんだよおおおおおおおお! そして新たにガチャを引くんだよおぉぉぉ!」

「これでもいちずなんだけれど、あたし? ていうか、昨日の仮面おばさんもそうだけ、あたし有名人なの?」

「うるせぇビィイイイイイッチ!! いくら課金したんだ? 俺は17年間休まず尽くしてきた会社でいただいたお給金を──結婚したらマイホーム建築に当てようと思っていた貯金のすべてをつぎ込んだぞ! だが、来たのは雑魚と──このイタカ──〝歩む死〟だけだああああ!!」


 イタカ。

 どうやらそれが、あのゆる邪神の名前らしい。


「はん!」


 六花ちゃんが嘲笑を浮かべる。


「ごめんあそばせ、不審者あらため社畜さん。くー召運営は渋いことで有名なのよ! その程度の課金で、SSRが手に入るなんて思わないことね!」


 じゃあ、この同級生、いったいいくら課金したんだろう?

 彼女の家庭が、猛烈に気になるぼくだった。


「第一イタカって、ただのレアゆる邪神じゃない。そんなのに頼ってガチャを引きなおそうっていうのは……〝〟でもやってるのかしら?」

「くそが! 〝宗教〟にはまってなにが悪い! 同じゆる邪神が当たる確率は極端に低いんだ。だが、それも〝宗教〟が解決してくれる! なにせこのイタカのスキルは、レベル3だからなぁ!」

「どういうこと、六花ちゃん?」


 あくまで初心者であるぼくは、どこまでも義務的に六花ちゃんに問いかけた。

 たぶん、そうしてあげないと、あの不審者さんが報われないから。

 六花ちゃんは肩をすくめ、答えてくれる。


「同じゆる邪神を重ねる──ひとつにすることで、はじめてスキルのレベルは上がるのよ。つまり、あいつは三柱、イタカが被ったわけ。たかが排出率5%のレアリティーしかないゆる邪神を重ねていい気になってるのよ。ちゃんちゃらアハハだわ」

「笑いたければ笑え! だが、こうしてスキルレベル3ともなれば……実際に人間を宙に浮かすことすら出来るのだあああああははははははは!」


 井坂さんは、勝ち誇ったように宣言した。


「俺と戦えぇ、スーパーゲーマー六花……もし断るなら、そっちの小僧の命は、なぁいぃぃ……」

「…………」


 沈黙する六花ちゃん。

 だけれど、それはひどく雄弁な回答だった。

 ぼくは事ここにいたり、ようやく状況を把握することができたのだ。

 いま、ぼくらはイタカのスキルで天高く放り出されている。

 井坂さんはイタカの所有者なので、自在に飛び続けることができるだろう。

 そして六花ちゃんも、いざとなればニャルさまが助けてくれるはずだ。

 だけれどぼくは?

 ぼくと、くーちゃんには、なにもできない。

 そう、ぼくらは無力で。

 とてもとても、足手まといだった。


「六花ちゃん」

「それ以上はノーセンキューよ。あたしは、あんたを見捨てるほど、人間やめてないの」

「ニンゲンヤメマスカ?」

「【やすらかに】」

「てめぇら……イチャイチャしやがってよおおおおおおおおおおおお!!」


 そこで、井坂さんが激怒した。

 彼はスマホを操作すると、くーちゃんの召還、そのSAN値バトルモードを起動したのだ。

 青空一面に、無数のメダルが配置される。


「やるのか? やらないのか? やらねーんだったら、このまま落ちて死ね! それでもいいんだ! 不戦勝だ! 勝ったという事実が、〝宗教〟が俺を救ってくれる!」

「六花ちゃん」

「わかってる。でも、ここはあたしがやらなくちゃ──」



「いいえ、六花さん! それは私の役目です!」



「誰だ!?」


 突如響き渡る、凛とした声音。

 そして、次の瞬間、ぼくらに変化が生じた。

 落下速度が、目に見えて低下したのである。


「くー!」


 くーちゃんがうれしそうに触腕を上げた。

 そうだ、くーちゃんはこの

 ぼくらの体を包む、風の担い手を。


「高みを目指すのは人として当然の振る舞い。けっして責めるべきことではない。ですが、相手を脅し、あまつさえ人質まで取って戦おうとするなど──ゲーマーの風上にも置けません! 恥を知りなさい!」


 巨大な竜巻をまとい、地上から急上昇してくる影。

 それは竜巻を突き破り、和服の裾を激しく翻しながら、ぼくらの前に。

 ぼくらを守るかのように、姿を現す。


「風は虚ろな空を征く──少年少女の嘆きの声に誘われ──礼坂朱里子、定刻通りにただいま参上!」

「あいあい!」


 顔の右半分にタトゥーのある女性──朱里子さん。

 そしてはーたんが、井坂さんの前へと、立ちはだかった。


「その勝負──私が買い取りました」


 懐から仮面を取り出しつつ、彼女は厳しい顔つきで、そう宣告したのだった。




 NEXT ROLL ── 町内の中心でもない一画で愛を叫んだ仮面

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