第九回転 それは、まぎれもなく、イタカ

 六花ちゃんの反応は素早かった。

 即座にランドセルに積載されたそれのレバーに手をかけ、全力で引き抜く。

 鳴り響くのは、警報の耳をつんざく音色。

 

 おおよそ小学生女子が所有する中で、最大火力の武威が男を襲う。

 キメワザ!


「ちょ、まっ、なにやってんのおまえ!? なんで出会い頭で防犯ブザー鳴らしてんの!?」

「なにをやっていると思う? 驚かないでちょうだい、不審者を通報してんのよ」

「てめぇー!」

「たすけてー、だれか男の人呼んでー、不審者よー」

「ばっか、やめろ!」

「いやぁー、ちかよらないで、変態ぃぃいい」


 棒演技という言葉が、むしろ可愛くみえるような、抑揚のない声で叫んで回る六花ちゃん。

 その表情は、これ以上なくまぶしい笑顔だった。

 このシチュエーションを、最高にエンジョイしているのだ。


「ち、ちがう! 俺は不審者じゃない! みろ、俺はおまえたちと同じ、選ばれた人間なんだ……!」


 寒帯用ギリースーツおじさんは、そういってスマホを突き出してきた。

 ちなみに周辺一帯の家屋から、六花ちゃんの防犯ブザーを聞きつけてたくさんの大人が顔をのぞかせている。

 おじさんは白い毛皮でもっこもっこなので、とても目立つ。


「でも駆けつけてこないあたり、この時代の冷たさに震えるわね」

「下手にかかわると自分も逮捕されかねないからね、仕方ないね」

「俺の話を聞けえええええええええええええ!!!」


 絶叫し、血の涙を流す不審者。

 完全に危ない人である。


「白の光弾! 天空の駄目人間、フシンシャー、参上! という感じね」

「誰がアイアム・フシンシャ・オブ・フシンシャだ!」

「……意外とノリがいいわよ、この不審者?」

「だから、不審者じゃねぇぇぇぇっ!」


 激昂する不審者さんと、煽りに徹する六花ちゃん。

 ぼくは、重いため息をついた。


「それで、ぼくらに何か用ですか? えっと」

「ダリナンダアンダイッタイ!」

「六花ちゃんはちょっと黙ってて」


 話がこじれる。


「それで、不審者さん? でしたっけ?」

「くどいぞ! 俺は不審者じゃねぇ! 俺の名前は井坂いさか孝郎たかろうだ!」

「では、井坂さん」

「こいつ、どうやって俺の名前を!?」

「…………」


 そうか、この人も話を聞かないタイプか。

 滅べばいいのに。

 ……おそらく、このまま放置しておけば、警察がやってきて彼を逮捕してくれるだろう。逮捕できなくとも、任意で聴取ぐらいはしてくれるはずだ。

 この騒動は、たったそれだけのことで解決する。

 それまで、ぼくは時間稼ぎに徹すればいいのである。


「ともかく、あなたの話は、ぼくが聞きます」

「なんだと?」

「ぼくが(話し)相手になると言っています」

「あんた……まさか、あたしのために……?」

「そうだね。六花ちゃんになにかあると、くーちゃんのこと、困るし」


 だって、くーちゃんはまだ、いあいあというのだ。

 それはおなかが減っているということで、昨日のSAN値バトルでうやむやになったマスクデータの話は、まだぜんぜん、わからないままなのだ。

 となれば、なんとしてでも六花ちゃんの安全を死守する必要があった。


「それで、ギリースーツおじさんは、なんの不審者なんですか?」

「不審者じゃねぇ! いいから、みろ、俺のスマホを!」

「スマホを見るとどうなるのかしら? うさぎとワルツでも踊るの?」

「てめぇー!」

「まあまあ、とりあえずおじさんの意見を聞こうよ」

「ぐぬぬぬ……」


 唸りつつ彼が付きだしたスマホには、くーちゃんの召還が起動していた。

 そしてそこには、棒を組み合わせたような骨格に、燃える瞳を二つ持つゆる邪神が映っていて。


「来い、俺のちから! 目覚めよ、風のゆる邪神イタカ! スキル発動──風に乗りて歩むものLv3!」


 刹那、一陣の風が吹き荒れ。

 そして、ぼくらは──


「と、飛んでる……!?」

「かっこつけて落ちてるだけよ……まあ、このままじゃ死ぬけど」


 はるか上空へと、吹き飛ばされたのだった。


「お祈りの時間ぐらいはくれてやるぜ、スーパーゲーマー六花ちゃんよおおおおお!!!」

「不審者はみな、ロリータには優しいものね」

「どちくしょおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 そんな絶叫とともに、ぼくらは落ちていく──



 NEXT ROLL ── TAKE ME HIGHER

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