第八回転 愛、惨々とこの身に落ちて

「この少年を、寝取ります!」


 そういって、朱里子さんはぼくに抱き着き、胸のところを撫でまわしたり、股間に手を伸ばしたりする。

 ついでにぼくのスマホを強奪し、なにか操作を始めた。

 そんなことよりぼくが興味津々だったのは、はーたんと遊ぶくーちゃんたちだった。なんとはーたん、風を自由に操ることができ、小さな竜巻を室内に発生させていたのだ。


「くー!」

「にゃぐー」


 その竜巻に、くーちゃんとニャルさまが飛び込むと、クルクル回転しながらてっぺんまで運ばれて、ふよふよと滞空する。

 胴上げされたみたいな形で浮かんでいるくーちゃんは、すっごく楽しそうで、目をくしゃっとして、触腕を振り回していた。

 ニャルさまも気に入ったのか、ハンモックに揺られるような体勢で表情をほころばせている。

 かわいい。

 とにかくかわいい。


「ちょっと! こいつは渡さないわよ! くー召はじめたばっかりだし、これから仕込むことがいっぱいあるの!」

「でしたら、私がいろいろと仕込んで差し上げます。その……くちではいえないことも!」

「語彙力が足りないだけでしょ!?」

「そんなことはありません! XXXはきゅん!XXずきゅん!で、XXXXXXおーいえ!XXXXXXXXUSSR!」

「はぁ~? パドゥ~ン? なにいってるか、あたしたち小学五年生だからちっともわからないんですけど~?」

「くっ! これが性教育の遅れ……!」


 どうでもいい社会批判は、本当にどうでもいいので、ぼくはするりと朱里子さんの手の中から抜け出し、くーちゃんたちのほうへ歩み寄る。


「あ、ちょ……いまどうやって私の拘束をお破りに!?」

「まあ、こいつをつなぎ留めておくのは、朱里子ちゃんじゃ役者不足よねぇ……」


 ぷち竜巻の上で大はしゃぎしているくーちゃんに、ぼくは優しく問いかける。


「くーちゃん、たのしい?」

「くー! くー!」

「そっか」


 じゃあ、ぼくも楽しい。

 ニャルさまも満足げだし、きっと六花ちゃんも嫌ではないだろう。

 だから、


「朱里子さん」

「……なんですか、普通の小学五年生くん」

「また、来てください」

「え……?」


 くーちゃんはいつだって楽しそうだけど、ゆる邪神の仲間が多いと、もっと楽しそうだから。


「また、遊びに来てください。そのときは、歓迎します」

「名もなき少年くん……でも、私もここで引けないのよ……なんとしてユーチューバーとして非課金勢を超えないと。そのためにも、六花さん、ぜひ私とライバルに!」

「六花ちゃん」

「なによぅー、やめなさいよぅー、そういう目であたしを見るのー」

「大人げないよ?」

「私、小学五年生に子ども扱いされている!?」


 ショックを受けたような表情で、その場に崩れ落ちる朱里子さん。

 よくわからないが、なにかしらのダメージを負ったようだ。

 構わず、ぼくは六花ちゃんの説得を続ける。


「こんな可哀想なおばさんが必死にお願いしているんだよ? 少しは聞いてあげないと、可哀想じゃないか」

「おばさん!? 可哀想!?」

「頭が可哀想だよ」

「3度も言った! あのやずやですら2回なのに! でもなにかしら、この高なるハートは……ドキドキ」

「……確かにそうね。あんたの言うとおりだわ。こんな可哀想なおばさんに意地を張ったあたしは、まだまだ子どもだったみたいね」

「そうだよ、朱里子さんは残念なんだから」

「──はうっ!?」


 胸を押さえ、白目をむき、その場にあおむけに倒れる朱里子さん。

 びくびくと体が、ときどき痙攣している。

 和服は乱れたままなので、やや見苦しい。

 ぼくはやれやれと肩をすくめ、彼女にこう声をかけた。


「そういうことですから、朱里子さん。今日のところはお引き取り下さい。老骨にムチ打つのは、つらいでしょう?」

「わ」


 わ?


「わた」

「綿?」

「私、そんなに年寄りじゃないですもん! まだ花も恥じらう19歳ですもん! バーカ、バーカ! うわあああああああああああん!!!」


 そんな風に絶叫した彼女は。

 かなりガチ気味に涙を流しながら、はーたんを連れて去っていった。

 竜巻が消滅する。

 飛び降りて、くるりと一回転を決めて見せるくーちゃん。

 かわいい。

 ぼくはそんなくーちゃんを抱きあげながら、思ったことを口にした。


「六花ちゃん」

「なによ」

「朱里子さん、はじめはお淑やかな人だと思ったんだ」

「でも違った?」

「うん……嵐のような人だった」


 ぴろりろりーん。


 手の中のスマホが着信を告げる。

 みると、くーちゃんの召還にフレンド申請を行ってきた人物がいた。

 ぼくは、小さくため息をついた。


『深窓の令嬢R:つぎは絶対、六花ちゃんを頂きますから! そ、それと、初めては優しくしてくださいね……?』


 そんなメッセージ付きのフレンド登録を、ぼくは六花ちゃんに聞いて、ブラックリストに投げ込んだのだった。


§§


「それにしても、不思議だったわね」

「なにが?」

「クトゥルフとハスターって、相性が悪いのよ。だから、あんなに仲良くできるわけないんだけど……」

「一緒に遊んだら、みんな仲良くなれる」

「あんたのそういう肯定的なところ、好きじゃないけど嫌いではないわ」


 翌日、そんな無駄口をたたきあいながら、ぼくと六花ちゃんは、登校のため通学路を歩いていた。

 だけれど、突然目の前に人間が落ちてきて──


「見つけたぞ──天才ゲーマー、六花ぁぁぁあ!!! 俺と戦ええええええええええええええええ!!」


 毛皮を着こんだ雪男のような、その人は、そんな風に絶叫したのだった。



 NEXT ROLL ── それは、まぎれもなく、イタカ

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