第七回転 仮面の流儀
「粗茶ですが……」
「ありがたく頂戴いたします」
仮面に和服という、飛びぬけたいでたちの女性から、突発的訪問を受けたぼくら。
玄関で立ち話もどうかと思ったので、とりあえず家に上がってもらうことにした。
お茶請けもろくになかったので、うまい棒と八女茶を出してみたのだけど……
「ずずず」
仮面の人は、ふつうに仮面をずらしてお茶を飲んだ。
……なんだろう、期待を裏切られた気分だ。
「あんた、そうやってお茶を飲むのね」
「出門部院六花……さんですね。ええ、むしろ、ほかにどうしろと?」
「仮面が開閉するとか、割れるとか」
「仮面が割れるのは最終回間際だけです」
「この距離ならバリアは張れないな!」
「時間保護法違反で逮捕する!」
「…………」
「…………」
ピシガシグッグッ。
一体なにがそんなに二人を意気投合させたのか、ハイタッチやグータッチまで絡めた複雑であつい握手を交わすふたり。
傍目にみている分には面白い。
完全においていかれているけど。
「さて、すっかり親睦も深めましたし、本題に入らせていただきます」
「いまので!?」
「深めましたし、本題に入らせていただきますっ」
「あっ、はい」
仮面をかぶりなおした和服の彼女は、うまい棒を黄色いレインコートをかぶった二足歩行のトカゲに渡しながら、こう切り出した。
「おふたがた──とくに六花さんには、私の事業に協力してほしいのです」
それは、こういう話だった。
彼女──
今回の異常事態に目を付けた彼女は、いち早く行動を開始。
リアル世界に現れたゆる邪神で、くーちゃんの召還を大規模にセールスしようと考えたのだ。
「なぜこのような事態に至ったのか、原因は不明ですが、商機だと思いました。そこで白羽の矢が立ったのが、あなたなのです、六花さん」
「あー、あたし美少女だものね。朱里子ちゃんの無駄肉──もとい、豊満ボディーにはないアイドル性があるものね」
「私は和服が似合う系大和撫子ですし、六花さんは控えめにいってもツルペタ──失礼、女性とはカウントされない肉体の持ち主ですから、その辺は私が担当します。まだ10代ですし今後があればいいですね」
「あからさまなウソは身を亡ぼすのだわ……」
「あからさまなデマゴーグは粉砕しなくてはなりません」
「……」
「……」
「つまり、あたしがニャルさまを引いたから、活用したいという話ね?」
「そのとおりです」
いったいあの沈黙の間にどんなやり取りがあったのか、何事もなかったかのように、話の路線を戻すふたり。
なんだ、怖いぞ。
女性、怖いぞ?
「あんたはそのうちハーレム展開やって、中に誰もいませんよ? とかイベント立つんだから覚悟してなさい」
「不穏すぎるんだけど!?」
え? ぼくは人間的に最悪な主人公とかになるの?
ほんとうに?
ねぇ、冗句だよね? そうだよね?
「うるさいですねぇ……とかく、こちらの名もなき少年は放っておきまして……ニャルラトホテップ──特に〝闇にさまようもの〟の当選確率は0.0001%」
「運営みずからして『まあ、出ねぇよな、こんなもん』っていった確率ね」
「このゲームを廃人的にプレイしているマスターガーチャーというかたが確認されていますが、彼も持っていないそうです」
「それで?」
「ついったーや各種SNSを、私のできる範囲で総ざらいにしたところ、今回の一件でニャルラトホテップがゆる邪神として現実世界に召喚された例は、ただの一件しかありません」
「初めの結論に戻るわね。それがあたしで、それを広告に使いたいわけね」
「そうです」
彼女はゆっくりと立ち上がり、仮面を外した。
端正な顔立ちの、若い女性だった。
というか、ふつうに美人だった。
ただ一点、顔の右半分に入れ墨が──
「朱里子さん、その顔……」
「ああ、やっぱり気になりますよね」
彼女は寂しそうに微笑んだ。
「これは、ですね……妹が」
「妹さんが……?」
ゴクリ。
「ええ、妹が、私が寝ている間に水転写タトゥーを張り付けやがりまして、折檻してやったのですが、1週間は取れないということで」
なので、仮面をかぶってきたのだと、彼女は恥ずかしそうに言った。
へー……
あ、くーちゃんとニャルさまと、このトカゲちゃん、仲良くうまい棒分け合ってて、楽しそうだなぁ、かわいいなぁ、癒されるなぁ……
「現実逃避はそこまでです! 話の腰がやたら折れますが、私の要望は簡単ですから。六花さん、私のハスター〝黄衣の王〟のはーたん、そのライバルになってください! 超絶レアゆる邪神をもつ普通の小学生と、それに挑むレアゆる邪神オーナーの超絶美女! この構図で大々的にくーちゃんの召還を売り出していきたいんです!」
「いやよ」
「まずはユーチューブから! 配信実況をして、ゆくゆくはメディアを制覇──え?」
「だから、嫌だって言ったの」
六花ちゃんは、心底くだらないとばかりに目を細め。
高らかにこう言い放った。
「ニャルさまは信仰の対象よ! 愛でるものではあっても、商売に使うものじゃないわ! それに……」
ちらっと、彼女がぼくのほうを見る。
それを見て、水転写タトゥーお姉さんが頭に電球のマークを浮かべる。
朱里子さんは、
「だったら!」
その場で和服の胸元をはだけさせ、ぼくに抱き着きながら、こう宣言した。
「この少年を、寝取ります!」
NEXT ROLL ── 愛、惨々とこの身に落ちて
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます