第四回転 ダンス・ダンス・ハイレゾリューション

「ダ、ダンス!?」


 素っ頓狂な声を上げるぼくに、六花ちゃんは不敵に微笑んで見せた。


「このゲームはね、音楽に合わせて流れてくる、このオールド・ワン・メダル──通称〝OOダブルオーメダル〟をタップして砕くことで、ゆる邪神さまたちの神性が解放されていくの! たくさんある色の中から相性がいいものをリズムに乗って壊すと、コンボが発生するわ」

「コンボはどんな効果があるの?」

「一定数コンボがたまると、最終的な獲得fanaticが増えるし、権能スキルを発動できる」

「スキル?」

「画面のキャラクターを長押ししてみて」


 言われるまま、ぼくはスマホのほうのくーちゃんに触れる。

 すると、


RARE:C

NAME:くーちゃん

IDENTITY:いまだ目覚めぬもの

LACE:クトゥルフ


SKILL:

くとぅるふの呼び声LV1:(クトゥルフ眷属邪神群を召還する)

夢見るままに待ち至りLV1:(同色のメダルを砕くたび、コンボ倍率が倍)

CoC LV0:(???)


 という、よくわからない文字が表示された。


「六花ちゃん、この三つ目のスキル、効果が書いてないんだけど?」

「ありゃ? ほんとだわ……うーん、たぶんバグでしょ、あとで運営に報告しておきなさいよ。詫びエルダーサインがもらえるかもしれないわ」

「ほんとう?」

「スクショとって、ついったーで炎上させておけば、ばっちりね」


 じつにいやらしい戦法だった。


「さあ、さっそくバトルを始めましょう! まあ、あたしが勝つけどね! これ負けイベだけどね!」

「辛辣だなぁ……」


 狂ったように笑い始めた六花ちゃんは、テンションも高くこう叫んだ。


「磯野、バトル開始の宣言を!」

「ぼくの名前は磯野じゃないよ」

「ならば手動で!」


 ぽっちっとな。

 とつぜんスマホ──というか室内全体から鳴り響く、奇妙な打楽器とフルートの音色。

 それは静かな出だしから始まり、そして楽し気なリズムを刻み始めた。


「あたしが勝つのは確定的に明らかなので、ハンディーをあげるわ。クトゥルフが一番相性のいい曲──『お願い!ジャシンサマ』で勝負よ!」

「わ、わかった」


 ぼくは、スマホを構えながら、くーちゃんを見る。

 くーちゃんはなんだかやる気満々みたいで、雄々しく触腕を振り上げて、羽をピコピコしていた。


「くー!」

「さあ、ノーコンテニューでクリアーするわよ!」

「どうすればいいの?」

「スマホの画面にメダルが次々に流れてくるでしょ? それをタップしてみて」

「やってみる!」

「くー! くくー!」


 前奏が終わり、そして歌が流れ始めた。


『おーねがい、邪神さま。夢見るままに待ち至り~♪

 動き出す星の位置、正しくそろう~♪』


「あわ、あわわわ……」


 妙に高音質な歌声とともに、六花ちゃんが言ったとおり、画面のなかをメダルがめぐり始める。

 でも、それは横滑りじゃなくて、いろんな角度から飛んでくるのだ。

 そこには全く、規則性というものが見られなかった。

 ぼくは必死で、それをタップしていく。


「キャラクターの真上に当たり判定があるから、そこでタップできると、ボーナスが入るわ。あと、くーちゃんをちゃんと見てあげたほうがいいわよ?」


 そういって、彼女はにやりと笑う。

 どういうことだろうと、スマホを操作しつつ、なんとか視線をくーちゃんに向けた。

 ダゴンだ。

 もとい、和んだ。

 部屋の真ん中で、くーちゃんたちがダンスを踊っていたのだ。


「く、くー、くー!」

「にゃぐー、にゃぐー」


 メロディーに合わせ、体をゆするくーちゃん。

 目の前にメダルが流れてくる。

 ぼくがそれをタップすると、くーちゃんも触腕でそれをたたく。

 メダルは砕けて、きらきら光る紙吹雪になった。

 画面に、EXCELLENT! と、表示される。

 妙に細部の情報量が多かった。


「いまのがベストタイミングよ。ほかにもBETTERとかBADとかあるけど……そうね、そろそろスキルが使えるはず。すばやく、くーちゃんを二回タッチしてみて」


 言われるがままぼくがそうすると、画面の中、そして現実のくーちゃんが輝いた。

 次の瞬間、くーちゃんの背後に、三体のなにかよくわからないものが現れる。

 すごく端的に言うと、マグロとかさんまの頭をした、小人みたいのだった。

 それが、名状しがたいダンスを始める。

 え、効果これだけ!?


「いいからタップ!」


 ぼうっとしていたぼくに、六花ちゃんの檄が飛ぶ。

 慌てて画面をたたくと、くーちゃんがその短い脚を巧みに操り、回し蹴りをメダルに決める。

 すると、背後にいたサカナ頭たちが、周りに浮かんでいたメダルに突進していったのだ。

 GOOD! NICE! EXCELLENT!

 ポポポン! と音を立て、次々にコンボが決まる。

 触腕を一本高く空へ突き上げ、腰をくいっとひねるくーちゃん。

 その後ろで、サカナ頭たちも同じポーズを決める。


「くくくーくーく、くーくー!」

「ぎょぎょ!」


 か、かわいい……ッ!


「それがくーちゃん──〝いまだだ目覚めぬもの〟の第一スキル、くとぅるふの呼び声LV1よ。簡単に言うとヘルパーとしてバックダンサーを召還するの。いまは深き者どもしか呼べないけど、レベルが上がればいろんなのが現れるわ。ちなみに深き者どもは、ランダムでメダル獲得が効果よ」


 やさしく説明してくれる六花ちゃんだけど、その視線は一度もスマホからそらされていない。

 すさまじい速度でタップされる画面からは、連続でEXCELLENT!という音声が流れだしていた。

 部屋の中では、ニャルさまが、まるでマイケル・ジャクソンのようなムーンウォークを華麗に決めている。

 それはもう、かわいいとかいう次元ではなく、美しいという領域だった。


「ほら、よそ見していると大変よ? 闇をさまようものの第一スキルを発動!」

「うぇ!?」

「くー!?」


 ぼくとくーちゃん、ふたりの困惑の声が重なる。

 なぜなら、


 ぼくらの前にあるメダルがすべて、裏返って色が見えなくなってしまったからだ。


「これがニャルさま──〝闇をさまようもの〟の第一スキル──燃える参眼よ!」


 勝ち誇ったような六花ちゃんの声が、室内に響き渡った。



 NEXT ROLL ── スキル・チート・オンライン

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