和服と仮面とハストゥール
第六回転 WWな事実/ライバルは突然に
「──いったい、どうなってるの……?」
ほんの数秒前まで、勝利の余韻に酔いしれ、ニャルさま礼賛の宴を開いていた六花ちゃんの笑顔が、完全に固まっていた。
そして、ぼくの表情も、同じように硬直していた。
なぜなら──
「全国でゆる邪神がスマートホンから出現って──DO YOU ことーーーッ!?」
……なんか、SHOW YOU こと、らしい。
§§
ぼくのスマホから、SAN値バトルの報酬であるfanaticが授与されて、ルンルン気分だった六花ちゃん。
そして、ニャルさまに出会えて有頂天だった六花ちゃん。
彼女ははしゃぎすぎて、そのうれしさを誰かと共有したくて、ついSMSにこのことをつぶやいてしまった。
ついったーというやつだ。
しかしそこで、ぼくらは衝撃的なトレンドワードを目撃することになる。
それは、全国のくーちゃんの召還プレイヤーのスマホから、ゆる邪神が飛び出したというもので。
慌ててぼくらは、フルセグを起動した。
結果は愕然たるものだった。
「ねぇ、なんで真っ先に2ch見に行かなかったの?」
「六花ちゃんだって、テレビ探したくせに……」
「そんなことより底辺よ」
「ぼくは這いずったりしないよ」
「てーへんだ! てーへんだ!」
「六花ちゃんは江戸っ子だった……?」
いや、本当にぼくらは混乱していたのだ。
なにせ、テレビ局はひとつだって、このことを報道していなかったのである。
だというのに、SNSでは炎上したみたいな勢いで情報が拡散されているのだ。
なかには六花ちゃん曰く、実装されていないはずのアザトースというゆる邪神を引いたと声高に叫ぶ者もいた。
「深淵をのぞき込むとき、深遠もまたあたしたちを見つめているのだ」
六花ちゃんが急に、知性的なことを言い始めた。
ぼくは即座にコガタアカイエカを媒介とする日本脳炎に彼女が罹患した可能性を考え、早急に安楽死を進めようとしたが、その辺まで口にしたところですねをけられた。
痛かった。
「つまりこうよ。あたしらいつもいしんでんしん、こころの距離つなぐてれぱしー」
「おもいよとどけSNSの向こうへ?」
「なにバカなこといってんの? アホロートルなの?」
六花ちゃんにだけは言われたくないと、心の底から思った。
あと、アホロートルはウーパールーパーのことで、罵倒の言葉ではない。
「だから、エックストリームなシンクロニシティが起きたのよ! たくさんのひとにあたしたちと同じことが起きたの! ワールドワイドで同時発生よ! ニトログリセリンが一斉に固まるような大事件だわ!」
「カール・ユングの共時性だね。でも六花ちゃん、その話はグリセリンが元ネタだし、ニトログリセリンも、グリセリンの話も、結局どっちもガセネタだよ?」
「うっそ!?」
いや、本当に。
これは誤用したほうが悪いと思うけど……
「そんな……じゃあ、あたしはなにを信じればいいの……? マッハパンチも菩薩の握りもうそだっていうの……? 塩漬け人間、現代に現るは!?」
「にゃぐー」
なんとなくニャルさまも、それは信じるほうがいけないと言っている気がした。
「でも、ぼくらだけでなくてよかったね」
「なにがいいもんですか! これじゃあ選ばれし子どもたちがいっぱいじゃない! stayしがちなイメージだらけの、頼りない翼でも飛べないじゃない!?」
「今日は音楽ネタしばりなの?」
「誰だって空を自由に飛びたいでしょ? タケノコプターが欲しいでしょう!?」
「そうだねー」
だんだん投げやりになるぼく。
旧アニメ版で1回しか登場していない、しかも、もしもの世界のひみつ道具とか、だれがわかるのだろうか……
「くー?」
ぽむっと、くーちゃんがぼくの肩によじ登って、頭をなでてくれた。
かわいい。
そんなくーちゃんの、くりくりした瞳の可愛さに、ぼくが癒されていると、
ぴーんぽーん。
来客のチャイムが、とつぜん鳴った。
ぼくの家に、六花ちゃん以外がやってくるなんて珍しいこともあるものだ。
ぼくらは顔を見合わせ、そうして玄関へと歩いて行った。
そして、
「はじめまして、おふたがた。突然ですが──」
扉を開けたところに立っていた、和服──で、真っ白な仮面をつけた女性は、とても落ち着いた口調で、こう言ったのだ。
「あなた方には、私のライバルになっていただきます」
「あいあい!」
彼女の頭の上には、黄色いレインコートをかぶったトカゲが、乗っていた。
NEXT ROLL ── 仮面の流儀
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