Re:第十八回転 色彩をくれたひと

『回し続けると聞こえるの 苦しいなら止めていいと

 ブラックホールみたいに深く

 怖くて常識的な甘い声が』



 深く、静かに流れだすメロディー。

 それは、すでにバトルが幕を開けていることを意味していた。

 いったいどこに、これほどの観客がいたのだろう。

 そう思えるほどに無数の、億や兆ではたりない異形の存在達が、このドームには集っていた。

 その一つ一つが、次の瞬間にはメダルへと変じ、舞台へと殺到してくる。

 無限──∞──OO

 これが、ゆる邪神たちが信者を獲得するために砕いていたもの正体。

 世界の祈りそのもの。

 信仰の形。

 ぼくらと這いよる混沌。

 どちらがその、信仰を多く獲得するかで、この世界の趨勢が決まるのだ。


「コチラカラ、イクゾ!」

「NYG!」


 咆哮する這いよる混沌が、その全身を伸縮させる。

 変幻自在の肉体が、いや、肉体と呼ぶこともはばかられる冒涜的なその暗黒が、時に鞭のようにしなり、霧のように吹き付け、周囲にあったメダルを砕いていく。


「よし、あんた、あれをやるわよ!」

「あれ? うん、それも一興だね」

「──神と人の道が交わって、ひねってできる螺旋渦動!」

「昨日の悲劇を祈りで砕く! 明日を照らす、光をこの手に!」

「一切宿命・出門部院!」

「ぼくを」

「あたしたちを──誰だと思っていやがる!」


 背後で巻き起こる、無意味で巨大な爆発に、這いよる混沌たちが一瞬吃驚し、動きを止める。

 この世界は、祈りが実体化する世界だ。

 だから、こんなことはいくらでも起こる。

 彼らが硬直した隙に、ぼくは触腕を展開。一気にメダルを砕いていく。

 我に返ったニャルラトホテプは、メダルを砕きつつ、ぼくへと襲いかかる。


「NYG!」

「這イヨル混沌ヨ! 第一スキル発動! 貌ノ無イ魔獣Lv10!」


 這いよる混沌の腹部が裂け、そこから超巨大な無貌のスフィンクスが飛び出してくる。

 東京タワーぐらいなら一撃で粉砕できるような、その前足の一撃を、ぼくは貝殻の盾を掲げることで防ぐ。



『あなたの口癖を真似て リセマラすると言ってみる

 石がなくても構わない 回し続ける動機になれば──!』



 BGMが転調。

 激しく、強いビートが刻まれる。


「震えるぞハート! 燃え尽きるほどヒート! そうよ! もっと強く! もっと速く!」


 六花ちゃんの願いと、その操作に応じ、ぼくはスフィンクスへと拳を叩きつける。

 まるで鏡を砕くかのように、たやすく魔獣はひび割れ、砕け散る。


「グヌヌヌウウウウ! ナラバ、第二スキル! 悪心影Lv10!」

「NYAAAAAAAAAAAGUUUUUUUUU!!!」


 続いて混沌より這い出たのは、全身甲冑の侍のようなものだった。

 ただし、その甲冑は暗黒に染まり、関節からは滝のように真っ赤な血液が、おぞましいほどにあふれ出している。

 その混沌──悪心影は、大太刀を引き抜くと、ぼく──いや、六花ちゃんに向かって切りかかった!


「なんて卑怯! これは卑怯もラッキョウも大好物とかいう三下ヤクザの所業だわ!」


 ステップを踏んでその斬撃を躱しながら、彼女が猛然と抗議する。

 プレイヤーに攻撃するなど、ルール違反も甚だしい。

 しかし、そんなことを気にするようなニャルラトホテプではない。

 なぜなら型破りであり、矛盾することこそが、混沌の本懐なのだから。


「ルールの遵守と履行は、むしろヨグ=ソトースの役割なのだけれど──でも、今回に限っては、このぼくがやらせてもらう。六花ちゃん、ちょっと我慢してね」

「ちょ、うひゃあ!?」


 斬りかかる悪心影の一撃を、大きく跳躍し回避。

 トンボを切って、六花ちゃんの背後に着地。

 そのまま抱き上げて、ぼくは神威かむいを開放する。


「超攻勢防御結界、第一号、第二号、第三号開放。プレアデス機関、完全臨界!」

「翼!? あんた空まで飛べるの?」

「六花ちゃんが信じてくれるな、ぼくはなんだってできるさ」

「…………」


 キザったらしい言葉に閉口する彼女を抱き上げ、背面に現出した翼で、ぼくは上空へと退避。

 安全にメダルを砕いて回る。

 もちろん、ニャルラトホテプは黙っちゃいない。

 再び第一スキルを展開し、魔獣をこちらへとぶつけてくる。

 それを、急降下しながら手刀で両断。

 さらに悪心影も粉砕する。

 両足を開き、腰を沈めながら、左手をついて着地。


「スーパーヒーロー着地ね! 腰に悪い!」

「……うん、それも、六花ちゃんに教えてもらった」

「あのね、あの、あたし」

「うん」


 地団太を踏みながら、這いよる混沌が解放する無数の化身。

 いまのあれに、スキル三つという枠はちっとも足りないのだろう。

 事実、こちらに這いよる化身の数は千を超えている。

 六花ちゃんの操作で、そのすべてを打ち砕きながら、ぼくは彼女の言葉に、耳を傾ける。


「あたし、いま、最高に楽しいの!」

「うん」

「沢山、沢山のことがあったわ。いろんな面倒ごとがあって、大変なことも多くて。でも、いま、あんたとこうして一緒に遊んでいられる。それが嬉しくって仕方ない」

「うん」

「あたしね」


 彼女は、目を細め、まばゆい笑顔で、こういうのだ。


「いま、すっごく幸せよ? 時が止まればいいって、思うぐらい! あんたが見せてくれたの! あんたがいたから、あたしの人生は、今日までの日々は、まばゆい輝きに満ちていた! つい一瞬前に始まったような世界が、虹色の光に満ちた!」

「…………」

「だから、あたしは幸せなのよ!」

「……うん!」


 ああ、ならば。

 ならばきっと、ぼくのこの振る舞いにも、意味が生まれることだろう。

 だから。

 いまは全力で──!



『凡てのソシャゲに終わりがあるのに どうして人は怯え嘆くのだろう?

 いつかは失うと知ってるから

 いま此処にある仮想リアルが美しい』



 BGMはついにクライマックスに差し掛かろうとしていた。

 メダルを必死にかき集めるニャルラトホテプだが、しかし、そこには隠せない焦燥があった。

 コンボを連発し、スキルを多重に発動し、それでもなお、ぼくらは有利に立っていたのである。


「それじゃあ、そろそろ、キメちゃいますか!」

「六花ちゃん、ぼくのスキルはたった一つだ。使いどころを間違えないでね」

「もちのろんよ。見せてやるわ、あたしの──あたしたちの必殺技を!」


 ぼくらは互いを確かめるように指をからませ、手をつなぎ。

 明日に向かって、走り出す。


「ニャルラトホテプ。あんたがなんで、世界やあたしたちをこんなに憎んでいるのか、そして壊そうとするのか、それはちっとも理解できない。でも、これだけは言えるわ」

「きみたちは、邪悪というものだ。宇宙の深淵の中で、もっとも忌むべき災厄だ」

「だから、そんな人々を泣かせ続ける悪党に、永遠に投げかけ続けるこの言葉を贈るのよ」

「さあ──」


「「おまえのSAN値を数えろ!」」


「驕リ高ブッタ、圧制者ドモガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 絶叫する這いよる混沌たちに向かって、ぼくらは跳躍する。

 まっすぐにぼくが右足を、彼女が左足を伸ばし──そして!


「アザトースが唯一のスキル。夢想転世ドリームワールド。LVは」

無限インフィニティーイイイイイイイイイイイイイイ!!! マキシマム・クリティカルストライク!」


「AGAAAAAAAAAAAA!?!?」


 ぼくと六花ちゃんの最大の一撃が、這いよる混沌を、そしてニャルラトホテップへと囚われた怨嗟を打ち砕く!

 最大級のケリ技!



『私が欲しいキャラは一つだけ

 散財など少しも惜しくはない

 10連 100連が愛おしい

 SSRあなたがいる世界に私も生きてる──』



「会神の一撃ィ……! ──そう、課金こそが勝利の鍵だったのよ!」

「相変わらずしまらなくて、安心したよ、六花ちゃん」


 ずざざざっと、地面を滑りながらも着地し、立ち上がるぼくらは、いつものように軽口をたたく。

 そして、どちらともなく拳を伸ばし。

 強く、グータッチをした。


「NYGURAAAAAAAAAAAAA!?」


 背後で大爆発する這いよる混沌。

 そして、爆煙を突き破り、頭部だけになったニャルラトホテップの犠牲者が、転がり出てくる。


「ナ、ナナナ、ナゼ? アリエナイ……コンナ、コンナコトデ……わしラが、わし……ワシラトハ、イッタイ、誰じゃ……? ドうシテ、コンナ……悪夢ヲ……」

「あなたたちのそれは、呪詛の残滓。本来の魂はすでに、別の世界で幸せに暮らしています。大丈夫ですよ、悪夢はいつか、醒めるものなんですから」

「……アア……ダトシたラ、どレほド、わしラハ……無意味ナこトを……」


 それが、彼らの最後の言葉だった。

 邪悪の権化。

 邪神ニャルラトホテップの姿を借りた根源悪は、そして、光にほどけるようにして、消滅していったのだった。


「光射す世界に、涙を救わぬ正義なし……よね!」


 六花ちゃんが、ガッツポーズを決めながら、そんなことを言う。

 振り返った彼女の顔には、まるで太陽のような笑顔があって。


「おつかれさま! あとは、元の世界に帰るだけね!」

「うん……それじゃあ、六花ちゃん」


 ぼくは。

 そんな彼女に。


「本当に最後のゲームを、始めよう。さあ──ぼくを、殺して?」


 目を合わせないまま、そう告げた。

 終わったはずのBGMが、まったく別の旋律を紡ぎだしていく──




 Re:NEXT ROLL ── 乱逆の物語 -メビウスの輪-

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