Re:第三回転 きゅーそくせんとー

「BGMは僕が選ばせてもらうよ!」

「よくってよ。でも……初手コンボはこちらが戴くわ!」

「にゃぐー」


 苦々しい表情を浮かべながらも、六花ちゃんはバトルが始まると同時に動いた。

 静かな出だしの曲。

 でも、それを無視するような、乱暴なメダルの集め方だった。

 商店街のいたるところに展開されたメダルを、赤色ばかり、ニャルさまは器用に砕いていく。


 EXCELLENT! EXCELLENT! EXCELLENT!


 あっという間に一定値に達し、コンボが発生。


「〝闇をさまようもの〟の第一スキル発動──燃える参眼lv1──相手のメダルをすべて裏側にする!」


 ひどく焦った様子で彼女が発動したスキル。

 それによって、赤髪のメイドさんの周りにあったメダルは、すべて裏側になってしまう。

 見分けがつかない状態では、コンボを狙うことは難しい。

 それでも、六花ちゃんの表情は晴れない。

 それどころか──


「こんなものかぁ……僕に大言壮語を吐いておいて、こんなものかぁ、出門部院六花ぁ……!」

「くっ……あたしにはまだ、見えている!」


 逆に、彼女は追い詰められているようにさえ見えた。

 そうしてその危惧は、あっという間に現実となった。

 流れるBGMが激しさを帯びたころ、自分の周りに浮かんでいるメダルを触れては燃やし、触れては燃やししていたクトゥグアに、一目でわかる変化が起きたのだ。

 その火勢が、一気に強さを増す。

 メイドさんが、満面の笑みでスキルを発動した。


「〝生ける炎〟の第一スキル──コルヴァズの杖Lv4! クトさん、レディー……ゴー!」

「ふぉー!」


 ぼくは見た。

 メイドさんの周囲に浮かんでいた裏返しのメダルすべてが、赤色に染まるのを!


「やられたッ」

「どういうこと、六花ちゃん?」

「いま忙しいの、wikiを自分で読んで!」


 言われるがまま、ぼくはくーちゃんの召還攻略wikiを呼び出す。

 メイドさんの使っているゆる邪神は、〝生ける炎〟クトゥグア。

 そのページを開いて、ぼくは六花ちゃんの焦りの正体を理解した。



RARE:SR

NAME:任意

IDENTITY:生ける炎

LACE:クトゥグア


SKILL:

コルヴァズの杖Lv?:(これ以降砕くメダルの色を最初に砕いた色と同じにする)

ンガイの森を焼くものLv?:(ニャルラトホテップ系ゆる邪神の行動を常に阻害)

炎の精 Lv?:(無数の配下ファサッグを召還する。このスキルはクトゥグアしか使用できない)



「こ、これは……」

「く!? くー!」


 ぼくが齧っていたたい焼きが、手からポロリと落ちた。

 それを、いつの間にスマホから出てきたのか、くーちゃんが慌ててキャッチしてくれる。くーちゃんはそのまま、たい焼きを一口、もきゅもきゅして、幸せそうな表情になった。

 ぼくはすごく、ほんわかした。


 解説に戻ろう。

 クトゥグアの性能は、完全にニャルラトホテップに対抗している代物だった。

 それもそのはずで、攻略wikiにはこのように書かれている。


『ニャルラトホテップは、そのレア度に恥じないどころか、明らかにレア度を超過したチートであり、一般的なプレイヤーが使う上では、これを通常のゆる邪神で倒すことは難しい。実際、ニャルラトホテップ系ゆる邪神が実装されるたびに、ニャルラショックと呼ばれる現象が起き、プレイ環境は大きく変わる。ぶっちゃけ、ニャルがいればすべて事足りるのだ。このニャルに唯一対抗できる、メタ的なスキルを完備しているのがクトゥグアである。 P v P プレイヤーVSプレイヤーにおいては、必ずクトゥグアを一柱、控えに入れておくことをお勧めする』


 つまり、六花ちゃんとニャルさまは、相性最悪の敵と戦っていることになるのだ。

 事実、六花ちゃんは追い詰められていた。


「クトさんの第2スキル──ンガイの森を焼くものLv4! さあ、これで君のニャルラトホテップは、常時スタミナが減少だ!!」

「にゃ、にゃぐ……」

「ニャルさま!?」


 初めて。

 そこで初めて、六花ちゃんが悲鳴を上げた。

 クトゥグアが発した炎が、ニャルさまに絡みつき、その動きを束縛したためだった。


「このまま第3スキルまで発動すればぁ……! 眷属のメダル集め効果で、獲得量は僕のほうが圧倒的に上! 倍率ドンの、さらに倍! 噂通り、六花はくーちゃんの召還の達人のようだ。ただし! 日本じゃ二番目さぁ……」

「自分が一番だって言いたいの? 残念、あたしも、ニャルさまも、まだ諦めていないわ」

「その生意気な口、すぐに叩けなくしてやるよ!」


 白熱するバトル。

 獲得するメダルが、すべてコンボにつながるクトゥグアは勢いづき。

 常にスリップダメージが発生するニャルさまは、逆にその勢いをそがれていく。


「さあ、このステージも残りわずかだ……たたみをかけさせてもらうぞ、六花ぁ!」

「呼び捨てにすんなって……言ってんでしょうがッ!!」


 その場のボルテージが上昇。

 BGMも激熱のサビに突入する。



『溢れ出すカオスさえも

 限りない無貌かおすらを

 燃やし尽くすフォマルハウト

 赤熱ストーム!

 赤熱ストーム!』



「六花ぁ……いまならさぁ、いま嘘だって認めるなら……そして僕にごめんなさいっていうのなら……ゆるしてやってもいいよぅ?」


 ねっとりとした口調で、バトルを有利に進めるメイドさんが、そんな提案をした。

 その表情は、勝利の愉悦に酔いしれている。


「僕のことを忘れてすいませんでした、これからは僕に呼び捨てにされますっていうのならぁ……あとの……その、だれ? 君の隣にいるやつ、彼氏面してるそいつを捨てるんなら、ツイートも僕への無礼も、なかったことにしてやるよ……」

「…………」

「六花ぁ……」

「こ……こいつを捨てれば……こいつに嫌いだって言えば……ほ……ほんとうにこの〝勝負〟……は……負けてくれるの……?」

「ああ~約束するとも! 僕と君の関係を取り戻す! もっと深い関係になるためのギブアンドテイクだ。捨てろよ。はやく捨てろ!」


 鬼気迫るメイドさんの誘惑を、




「だが断る」




 六花ちゃんは、一刀のもとに切って捨てた。

 決然たる表情で、瞳を燃え盛る闇のように揺らめかしながら、彼女はこう続けた。


「この出門部院六花が、最も好きなことのひとつは、自分で強いと思ってるやつに〝No〟と断ってやることだ!」

「り、六花ぁああああ! おまえ、ここで負けるんだぞおおおお!?」

「ちっちっち」


 彼女は右手の人差し指を振りながら、不敵な笑みを浮かべてみせる。


Show Must Go Onショーは始まったばかり! お楽しみは──これからだ!」


 BGMの雰囲気が変わる。

 楽曲が、もうすぐ終わる!

 だけれど、六花ちゃんは微塵も揺らぐことなく、スマホをタップする。

 正確無比、そして尋常ではない速度で。

 ニャルさまもそれに、懸命に応える。


「〝闇にさまようもの〟の第3スキル──あたしは自分のメダルの色を任意に変え、相手のメダルの位置を再配置する!」

「無駄なんだよねぇ……! 僕が砕くメダルはすべて、はじめと同じ色になる! 順番を少し入れ替えたところで、コンボは途切れない!」

「だれが? クトゥグアの周囲のメダルを──すべて空中に!」

「なっ!?」

「ふぉー!?」


 今度はメイドさんが言葉を失う番だった。

 クトゥグアの周囲に浮かんでいたメダルが、全部手の──炎の届かない位置まで上昇してしまったのだ。

 それを、悠然と飛行能力を有するニャルさまが、砕いていく。

 メダルの色は、すべて同じ色──赤色だった。


「コンボ確認! 発動条件は整った! ニャルさまの第2スキル! 効果は、相手のスキルを使うことができる!」

「そ、それこそ無駄なんだよねぇっ! このなかでニャルラトホテップが使って得するスキルなんて、ひとつも──」

「それはどうかしら? !」

「な、なんですとー!?」


 素っ頓狂な声を上げるメイドさん。

 いや、ぼくも驚いていた。

 そうなのだ、この場にいるゆる邪神は、二柱だけではないのである。


「くー!」


 くーちゃんの背後から、サカナの頭をした妖精のようなものが三体飛び出す。

 同時に、ニャルさまの背後から、馬の頭を持つ鳥のようなもの、シャンタクちゃんが同じく三体あらわれた。

 それは、六花ちゃんの驚異的な操作テクニックによって、商店街に展開していたすべてのメダルを、瞬く間に砕き終えてしまった。


「あ、ああ、ああああああああああああ……!!」


 絶望に言葉をうしなうメイドさん。

 そして、困ったようにうろうろするクトゥグア。

 勝利は、その瞬間に決した。

 メダルを取れないのなら、バトル中にスキルは使えないのである。


「大胆不敵、電光石火、勝利はあたしのためにある! 次回も応援してくれないと、爆死しちゃうぞ!」

「にゃぐー」


 ウインクを決める六花ちゃんとニャルさま。

 それが、バトル終了の合図だった。


 You Win!


 六花ちゃんのスマホの画面が、虹色に輝くのを、ぼくは見た。




 Re:NEXT ROLL 〝宗教〟って、なんですか?

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